宝物
拓哉 ゴミなんかじゃない…、宝物だ!
間。
拓哉、破れた紙のしわを伸ばし始める。
愛理、拓哉に背を向けて涙を拭う。
愛理 …あんた泣いてんの? 男のくせにべーべー泣いて、バッカみたい。
拓哉 男だって、宝石みたいに大事にしているものが壊されているのを見たら、声を上げて泣きますよ。
松永、走って登場。
松永 拓哉くん! いる?!
松永、入ってすぐに部屋の異常を察する。それでも言う。
松永 何かとりこんでるみたいだけど、後で話は聞くから! 拓哉くん、すぐに下校してちょうだい!
拓哉 なぜですか! 今手が離せないんですけど!
間。
拓哉 …また、僕が聞くべきじゃないことですか。
間。
松永 …どうせ報道されるんだから、話すことにするね。ただし、今は二人とも、誰にも言わないでちょうだい。
拓哉 はい。
松永 今、学校にマスコミが押しかけている。校長が応対しているけれど、対応に苦労している。
拓哉 なぜ…。
松永 元バスケ部の大友くんが、自殺未遂をした!
拓哉 ええっ!
拓哉に背中を向けていた愛理、松永の方に向き直る。
松永 夕べ、お風呂場でカミソリで手首を切った。幸い発見が早かったせいで、命に別状はない。傷が残るくらいで、これといった後遺症も残らないみたい。
拓哉 それは…、不幸中の幸いというか…。
松永 それで拓哉くん、マスコミが君に取材しようと狙ってるの! 私が送るからすぐに下校して!
拓哉 えっ…、だけどなぜ僕に?
松永 大友くん、ツイッターに、君のことも書いていたみたい。くわしいことはわからないけど。
愛理 だけど、そんな大騒ぎになってるんなら、さっき北川先生がこの部室の前まで来られたのはなぜ? 部活の生徒がそんなことになってたのに!
松永 自殺未遂のことは、夕べのうちに発覚していた。だけどこれだけでは、学校は北川先生を免職にはできないけれど、朝の時点では北川先生をバスケ部の指導からは外そうとしていた。だけど、大友くんのご両親が、外聞を気にしたんだろうけれど、この件を表沙汰にしたがらなかった。そこで校長は、ウィンターカップの全国大会に出場することを条件に、残留を認めた。もし出られなければ、バスケ部から外すと!
愛理 それで文芸部の部室までやってきて、いなくなった駒をとりもどそうとした…。
拓哉 だけど、それなら収まったということではないですか?
松永 大友くんの発見が早かったのはね、彼自身がツイッターで、自殺の実況をやってたからなんだよ。それを見ていた人が「これは本気だ」と思って、通報したんだ。大友くんは匿名で投稿していたけれど、見ていた人がウチの生徒で、たぶん大友くんじゃないかって見当をつけていたみたい。
拓哉 それは良かったです。
松永 だけどそのツイッターで、大友くんが自殺の実況をしていた時に…、
愛理 北川先生が、大友くんを煽るようなリツイートを繰り返していた。
松永 そう。
愛理、スマホを取り出す。
愛理 これかな。昨日、なんだか不穏なツイートをしていた人がいたから、魚拓にとっておいたんだ。こういうのを見ていると、「自分はここまでじゃない」って気になれるからね。「死ぬ死ぬ言ってる奴に限って死なないんだよ。小僧、おまえはな、指導者に甘やかしてもらえないから、世間に自分をかわいそうアピールして」…。
松永 読みあげるな!
拓哉 だけど、北川先生は、ツイート主が大友だって知らなかったかもしれないし、大友も、本気で死ぬ気なんかなかったかもしれない。だいいち、先生は大友が死ねばいいって思っていたとは思えないし、後でフォローするつもりだったかもしれない。
松永 そんなことはどうでもいい! 問題は、大友くんが死にかけたってこと、そのものなの!
拓哉 それはそうですけど。
松永 北川先生も、匿名でツイートしていたからバレないと思ってたのかもしれないけれど、一日もしないうちに身元を確定されてしまった。ネットに本名も身分も住所も晒された。こうなったらもうどうしようもない。男バス残留の約束は無しになって、北川先生はしばらく自宅で謹慎することになった!
拓哉 ええっ! ぼくはさっき、北川先生にお会いしましたよ。文芸誌を持って行って、僕の小説を読んでほしいってお願いしに行きました。断られましたけど。
松永 時間から見て、謹慎を言い渡されて退勤しようとした時じゃないかな。もう二度と拓哉くんとは会えないだろうと思った。だから、君の大事な本を借りるわけにはいかないと思ったんじゃないかな。
愛理 あんな「運動部でなければ人ではない」っていう人が本を大切にするなんて思えないけど。
拓哉 先輩!
愛理 (ちょっと気圧される)なっ、なに…。
拓哉 (破れた原稿を指さして)それ、絶対に捨てないで下さいね! お願いですから、絶対に捨てないで下さいね!
松永 こんな時に、長いこと話し込んじゃった! 拓哉くん、もういいでしょ! 家まで送るから!
松永、拓哉の腕を引っ張る。
拓哉 絶対に捨てないで下さいね! お願いだから…。お願いだから…。僕がきちんとしわをのばして、破れた原稿を復元して、ページ順に直して、コピーし直して、印刷します! だから、絶対に捨てないで下さい! お願いだから…。
拓哉、松永に引きずられるように退場。
愛理、しばらく立ち尽くしている。
机の上の破れた原稿を見る。一枚一枚手に取って、しわを伸ばし始める。
暗転。




