Page1:二人の生徒
どこまで続くか著者自身も分からないと言う物語の始まりです。皆さん、お付き合いお願いいたします!
合宿及び研修会。
その報告を聞いた私たちの反応は、言うまでもない。
「大丈夫なのかな…」
隣で、琉稀が不安げにぼやいた。
私は無言で頷く。
「静かにしろー」
教師の声がする。
先生、とクラスの男子が手を挙げた。
私は頬杖をついたまま、視線だけそちらに向ける。
「研修会は、やはり〈過区〉でやるんですか」
「当たり前だ。例年通り、過区の劉時院で行う。
おら列ごとに冊子取りに来い」
ガタリ、と左下の段の方で椅子の音がした。
「日程は、明日の“攘華75年2月20日”から一週間」
その一言で、ざわめいていた教室は一層湧いた。
「い、一週間!?」
周りと同じように、琉稀も戸惑いを見せる。
「一週間も〈来区〉から離れるの!?」
「いいかー、詳しい集合時間と場所は、冊子に書いてある。よーく見とけよー」
「先生!今過区に赴いて、一体何をするんですかッ!?」
「冊子に書いてあるだろー。見とけよー」
「先生!此処から離れたら、私たちはどう生活したらいいんですか!?」
「冊子に書いてあるだろーが。見とけ」
「先生!僕は…」
「うるせー!冊子に書いてるって言ってんだろーが!!」
最後の生徒の言葉も聞かずに、教師は教卓を両手で叩いた。
まァ効果はそれなりにあって、教室から先生コールはひとまず鎮火する。
「先生」
…嘘だった。
スッと誰かが――最前列の中央だから委員長なのだが――挙手をした。
あぁ?と目つき悪く、担任は委員長を睨む。
それにも負けず、何の躊躇いもなく立ち上がって話し始める委員長は、流石だと思う。
「日頃はそれで良いですが、今回は説明を要求しますよ」
「だーからァ、冊子を見ろって言ってんだよ」
「例年通りならそれで構いませんけどね。だけど今回、いや今年は状況が違う」
はっきりとした口調で、委員長は言った。
確かに、と私はまたひとり頷く。
他の生徒も思ったようだ。真剣な眼差しで、師を眺めやる。
それを見て、ったく、と言いながら担任は口を開いた。
「あー…知っての通り、今年〈過区〉が完全に独立体勢に入った。
今まで来区との流通もまちまちだということも分かっていると思う。
そんな中で、何故俺たちが過区へ行くのか。
それは、例年通り自分たちの永力――才能を磨くためだ。
今の世の中、便利すぎる。腕が落ちないようにしねーと」
「それだけなら、来区でも別に良いじゃないですか」
そう言う生徒を見て、あァ、と教師は頷いた。
「確かにな。だが、それじゃあ話が進まねェ」
何の話ですかーという生徒に、教師はニヤリと笑ってのけた。
「おめェら…何で過区が独立したか、分かるか?」
沈黙が降りた。
そんなの、決まっている。
「阿梨羽、分かるか?」
私はゆっくり担任を見た。
相手はニヤニヤと笑っている。
私が大体勘付いているのが分かっているのだろう。
だが、今日は答える気などなかった。
そういう気分じゃなかった。
「…分かりません」
担任は一瞬、面白くなさそうな顔をして、分かる奴いねーかーと声を掛ける。
「…こんなに便利なところから離れるなんて信じらんない」
ぼそりと琉稀が言ったことに、教師は食いついた。
「それだ」
勝ち誇ったように、教師は笑う。
対して琉稀はぽかんとした顔である。
「ここは便利すぎるんだ」
はぁ?と言う空気になった。
…実際に口にした生徒もいた。
「便利すぎるって、普通でしょ。過区が古すぎるだけで」
廃れた区域、と来区の者は言った。
「違ェよ。奴らは守ろうとしてるんだ。
古き、良き、伝統をな」
廃れてなんかいねェんだよ。と担任は言った。
その言葉に、生徒は首を傾げるばかり。
「伝統は、来区でも忘れないように展示されてますよ?」
その言葉に、思わず鼻を鳴らした。
誰にも聞こえないくらい小さくだが。
何言ってるんだか。
「何言ってんだ」
担任も笑った。
どちらかと言うと、嘲笑うという部類になるだろう。
「まァ、来区との違いをしっかり見てこい。
不便だ、ってばかりじゃねェ。良いトコもある。
向こうの暮らしを、しっかりそのココロに刻んでくるんだ」
「…先生は行かないんですか?」
思わず聞いた。
奴はこちらを見るなり、
腹立つ程、憎たらしい笑みを向けた。
「まぁ、俺も色々と忙しいわけよ」
わかったらさっさと冊子取りに来―いと言いつつ、教師は教室から出ていった。
その後ろ姿を見て、初めてアイツが担任で良かったと思えた。
というわけで、表向きは能力強化、実際には偵察というなんとも言えない過区合宿がスタートしようとしていたのだった。
*
全く責任感の無い先生だ、とクラスの委員長である、
朝月 涼介は心の中でぼやいた。
担任が言う事は理解できないことも無い。
確かに此処、来区は便利すぎる。
高度な技術でオートメーション化された街。
何不自由ない生活。
それが当たり前ではいけない、と涼介は考えている。
モノに頼る。それはただの怠惰だ。
自分で自分のために動くからこそ、人は磨かれてゆく。
それが、涼介の持論。
――しかし。
(ここまでしなくとも…)
つい先日、永古のシルシ〈過区〉は、
〈永絡町〉および〈来区〉から完全独立を宣言し、自治統一体制に入った。
独立宣言は、技術先進区域〈来区〉との敵対を意味する。
そこに、合宿と称し学生を送り込むとは。
(これじゃあ、戦争の相手国に観光旅行するようなものだぞ…?)
学校は何を考えているのだか。
ちらり、と涼介はざわめく教室の後ろを振り返る。
窓際に座り、外をぼんやりと眺める生徒。
他への無関心と空虚さが混ざり合う独特の雰囲気を纏う、黒髪の少女。
亜梨羽 要。
(あいつ、察してるな…)
涼介は亜梨羽を見た瞬間、そう感じ取る。
更に深い思考に落ちていこうとした涼介の肩を、誰かがつついた。
「どうなるんだろうね…?」
涼介の横の席である男子生徒がこちらを見て、静かに笑っていた。
天然の茶髪を持つ涼介に対し、涼やかな深黒の髪。
磨き上げられた彫刻のような、細やかな顔立ち。
学年トップクラスの頭脳の持ち主、光武 静流である。
涼介とは、懇意の仲だ。
「どうなるも何も、オレには死刑宣告のように感じたね」
涼介の苦々しい顔を見て、静流はくすりと笑みを漏らす。
「そうだね…先生の言いたいことは分からないでもないけどね」
「あぁ、オレたちは永力特進クラス。それは分かってるよ。…だけどなぁ」
冊子の表紙に描かれた、古い町並みのイラストをぼんやりと眺めながら、涼介はつぶやく。
「まぁまぁ委員長、取り乱さないでよ。
クラスメイトの命は君にかかっているようなものだからね」
「恐ろしいこと言うなよ」
涼介は表情を強張らせる。
だが、最もだ。
何せ合宿だ。それほど危険なことは無いと思いたいが、万が一ということもあり得る。
「………はぁ」
「頑張ろうね委員長」
本日、ニ月の十五日。
――合宿まで、残り五日。