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青き春うらら


 鐘の音が鳴り響く。


 ミーシャとサーシャが扉を開くと、王命の間に剣を手にした男がいた。


 白髪で色素のない瞳をしており、この時代の魔族とは比べものにならないほどの莫大な魔力を有している。


 男は殺気だった冷たい視線を、壁の一点へ注いでいた。


 サーシャは素早く扉を閉めた。


「まだアノスは来ていないみたいだわ」


 そう口にしたサーシャの鼻先を白刃が通り過ぎていく。


 まるでケーキを切り分けるように扉が切断され、王命の間があらわになった。


「入ってくればよろしいでしょう」


 二人の目の前に、先程の男が立っていた。


 魔王の右腕シン・レグリア。


 二千年前、魔族最強の剣士として暴虐の魔王に仕えたアノスの腹心である。

 寿命の長い彼は、転生せずにこの時代まで生き続けてきた。


「……取り込み中かと思ったんだけど……?」


 言いながら、サーシャは王命の間へ入っていく。

 ミーシャも隣に並んだ。


「取り込み中というほどのことではありませんが」


 シンは壁の一点に視線を注ぐ。

 再び眼光に殺気が混ざった。


「お二人に、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


「なに?」


 ミーシャがシンを見つめる。


 彼は言った。


「青き春というものについて」


「どこかで聞いたような台詞ね……」


 嫌な予感が抑えられなかったが、サーシャは訊いた。


「シンも青春に興味があるってこと?」


「ええ。興味といえば、興味でしょうね」


 白刃を見つめながら、シンは言う。


 その横顔を見て、サーシャはびくっと体を震わす。


「……や、やっぱりあれかしら? 平和になったから、今まで経験してなかった青春がどんなものか知りたいっていう……」


「いいえ。私の話ではありません」


 シンが鋭く言葉を放つ。


「ただどこまでが適切な範囲なのかと」


 ミーシャが、サーシャの肩にそっと触れ、壁を指さす。


 先程からシンがずっと視線を向けている一点、そこに魔法写真があった。


 映っているのは、ミサ・レグリアとレイ・グランズドリィの二人である。

 幸せが溢れんばかりの満面の笑みを浮かべている。


「最近、私の娘の帰りが遅いときがあるのですよ」


 ミサ・レグリアはシンの娘である。

 そして、かつての宿敵、勇者カノンの転生者レイ・グランズドリィは彼女の恋人であった。


 アノスの手によって、世界に平和が訪れ、人間と魔族の争いはなくなった。


 勇者と魔王は、雌雄を決する必要もなく、互いに手を取り合った。


 しかし、平和な世の中にも戦いはある。


 二千年前、方や勇者、方や魔王の右腕として戦った二人は、この魔法の時代にて、父親と、娘の恋人として相見えた。


 数奇な宿命を背負うシンとレイは、またしても戦いの渦に飲み込まれたのだ。


「ま、まあ、心配になるのはわかるけど、どのぐらい遅いのかしら?」


 深刻そうな表情で、シンは言った。


「夜八時です」


「夜八時……」


 父の愛の深さに衝撃を受けたような顔でサーシャが繰り返す。


 だが、ここで同意をすれば、ミサが可哀想だ、と彼女は思う。


 夜八時が門限なんて、なにもできやしない。


 いくら平和な世の中とはいえ、彼女は立派な魔族だ。多少夜遅く帰ったところで、危険などありはしない。


 友人の日常生活を守るため、サーシャは思いきって口を開いた。


「ど、どちらかと言えば、早い方じゃないかし――」


 ギラリ、とざらついた眼光を突きつけられ、サーシャは押し黙る。


 まるで喉元に刃を突きつけられている気分だった。


「ずいぶん遅いわね」


「そうでしょう」


 サーシャは友人を売った。


「なにをしているのでしょうね?」


 含みを持たせ、シンが言う。


「なにをって言うと……?」


「たとえばですが」


 口に出すのもおぞましいというような形相で、シンは言った。


「青き春っているのではないか、と」


 視線を険しくしながらも、サーシャは頭を高速回転させる。


 シンの青き春とはいったいどこまでを想像しているのか。


 一口に青き春といっても、春うららから爛漫まで様々だ。

 その度合いによっては、青き春っているとも言えるし、青き春っていないとも言える。


 ハグは青き春なのか?


 キスは青き春なのか?


 さすがに一緒に帰るぐらいは青き春ではないと思いたいが、娘を溺愛する父親にかかれば、それもアウトかもしれなかった。


 ミーシャに視線を向けると、彼女はふるふると小さく首を横に振った。

 感情の機微を読むのが得意なミーシャにすら、シンの考えが読めないのだ。


 父の愛は深すぎる――


「……夜八時じゃ、青き春る時間はないんじゃないかしら……?」


 サーシャは言葉の定義を定めずに、曖昧なまま否定することに決めた。


 それがシンの望んでいる回答だと思ったのだ。


「そうですか。この時代のことには疎いですからね。娘に直接聞くわけにもいきませんが、青き春るのに今はどのぐらいお時間をかけるのでしょうか?」


「どっ、どのぐらいっ……!?」


 サーシャは焦る。


 手をつなぐならけっこう長そうだけど、ハグは短くなるかもしれない。


 でも、キスなら一時間ぐらいは――

 アノスの顔が頭をよぎった。


 そんなこと考えている場合ではない。


「……そ、そうね。どのぐらいかしら、ミーシャ?」


 サーシャは妹を悪魔に突き出そうとしていた。


「できれば、一回辺りの時間を」


「……一回あたり……」


 ぱちぱち、とミーシャは二度瞬きをする。

 それから、小首をかしげた。


「……五七秒ぐらい?」


 ミーシャはキスを想定していた。


「…………雑…………!?」


 シンが驚愕の表情を覗かせる。


 両者の間の青き春に、隔たりがあったのかもしれない。

 慌ててサーシャが尋ねた。


「む、昔はどのぐらいだったのかしら?」


「……二千年前は、休憩を挟みながら、二時間ほどでしょうか……」


「二時間っ……!?」


 衝撃がサーシャを襲う。


 シンの言う青き春は、もう相当に真っ盛り、青き春爛漫に違いなかった。


「い、今の時代もそれぐらいだわっ!」


 この誤解は解かなければ大変なことになる、とサーシャは思った。


「しかし、今五七秒と」


「それは、その……ミーシャが早いだけだわっ!」


 サーシャは妹を売った。


「そうは見えませんが」


「人は見かけによらないって言うでしょ。こう見えて、ミーシャはすごいんだから」


 ぱちぱちとミーシャは瞬きをした。

 自らを指さし、「すごい?」と不思議そうにしている。


「しかし、五七秒では相手も相当に頑張らなければならないでしょう」


「……う……!?」


 サーシャは自らついた嘘の急所をつかれた。


「我が君ならいけるかもしれませんが」


「五七秒でっ……!?」


 サーシャは興奮したように叫んだ。殆ど絶叫である。


「ええ。以前見せてもらったときには」


「見たのっ!? 人前でアノスが青き春ってたのっ!? 五七秒でっ!?」


「はい。確かそのときの相手は――」


「あぁぁぁ、あぁぁぁぁぁーっ、ああああぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」


 サーシャは声を上げながら、逃げるように走り去っていった。


「……シン。今のはなんの話?」


 ミーシャが不思議そうに尋ねる。

 シンは答えた。


「社交ダンスのことでは?」


 青き春はうららである。



それはよくある勘違い――




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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱサーシャかわよ
[良い点] 我が君57秒でいけるのか サーシャはムッツリスケベ確定
[一言] ああ、妄想乙女・サーシャ・・・。
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