青春の色
魔王城デルゾゲード。王命の間。
魔王の居城に相応しく、そこには静けさが立ちこめていた。
主の発言を待ち、柱や天窓、天井までもが息を潜めているかのようだ。
数秒の沈黙が続き、そして――
「妙なことを耳にした」
玉座から魔王アノスが、重厚な言葉を発した。
絶対また変なことを聞きかじってきたわ、という表情でサーシャは二の句を待つ。
「青き春には色があるらしいな」
それね、と彼女は思う。
「青き春という名にもかかわらず、色があるとは、なかなかどうして矛盾を孕んでいる」
青なのに、他にも色があるということに魔王は疑問を持った様子だ。
相変わらずあえて中途半端な情報しか仕入れていないようだが、今回はそこまで無理難題ではなさそうだとサーシャは胸を撫で下ろす。
「ミーシャ。この色はなにを意味するのだ?」
「楽しい青春、熱い青春、甘い青春、青き春は色々。その違いを色で表している」
ほう、と興味深そうにアノスが声を発する。
「どう使い分ける?」
「個々人の青春を表す。たとえば、わたしの青春は空のように群青色だった」
淡々とミーシャが説明する。
「そうなのか?」
魔王の問いに、こくりとミーシャはうなずいた。
「アノスの色。わたしの青春は、アノスがくれたから」
「そんな色にたとえられたのは初めてだな」
ミーシャは微笑む。
「ぴったり」
そう口にすると、魔王は僅かに笑みを覗かせた。
広大ですべてを包み込むような群青色の空。それがミーシャが魔王に抱いている印象で、説明するまでもなく彼には伝わったようだった。
二人には時折、そんな風な瞬間がある。
ミーシャは口数が少ない方だが、それでも多くを語る以前にわかり合ってしまうのだ。
羨ましい、とサーシャは思う。
どれだけ喋ったところで、彼女は妹のようになれる気はしなかった。
「サーシャ。お前の青き春は何色だ?」
「えっ?」
考え事の真っ最中に、いきなり話題を振られサーシャは動転する。
「あ……も、桃色……?」
完全に色ぼけの回答であった。
「興味深いな。なぜだ?」
「な、なぜっ……!? ええと、その……」
一瞬の油断から、あっという間に危機に陥るサーシャ。
想定できた事態のはずだが、不意を突かれて頭が回らなかった。
だけど……と彼女は思った。
妹のようにまっすぐ自分の気持ちを口にできたなら、同じようにアノスとわかり合うことができるのではないか、と。
「わたしも……アノスがくれた……青春だわ……」
弱々しく途切れそうな声で、彼女は言う。
サーシャとミーシャ、どちらか一人しか生きられない運命から、二人を救ったのがこの時代に生まれ変わった暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードである。
運命をぶち壊す、といとも容易く口にした彼に、サーシャ・ネクロンは当たり前のように恋をした。
だから、その青春はすべて彼からもらったものなのだ。
「面白いことを言う。俺の色が桃色に見えるか?」
「……そうじゃなくて……」
今更、なにを恐れるものがあるのか、とサーシャは思った。
神の思惑さえも見通す、あの暴虐の魔王が相手なのだ。
気持ちなんて、とっくに見透かされていてもおかしくはない。
「……好き……だから……」
顔を真っ赤にしながら、それでも懸命に彼女は言った。
「桃が」
――違うわ!
サーシャの心が叫ぶ。
「確かに桃は美味い」
「でしょ。アノスのおかげで、桃を毎日食べられる青春が手に入ったの。最高だわ」
――最低でしょ……!
サーシャの心が泣いている。
「今日も食べたのか?」
「そんなわけないじゃない。まったくわかってないわ。いい、桃はね、夜に食べるのが一番美味しいの。その日あったことを思い出しながら、まったりと癒やされるのが桃なのよ」
なぜよくわからない桃の食べ方をこんなに語っているのか、サーシャは自分でも訳がわからなかった。
「くはは。まさに桃色の青春というわけだ」
違うわよ! と叫びたい、歯がゆい想いが彼女の胸中に木霊した。
「ふむ。興が乗った。俺も一つ、自らの青き春に色をつけておくか」
「……って、そもそも、アノスは青春がよくわかってないんじゃなかったかしら?」
「まあな。しかし、なにも知らぬ頃の見当外れな理想を、後で振り返るのも悪くはあるまい」
妙に達観した表情でアノスは言った。
あえて失敗を楽しんでいる節さえある。
「ふーん。まあ、いいけど」
「アノスの理想はなに?」
ミーシャが問う。
「皇族と混血、魔族を二つに分けたアヴォス・ディルヘヴィアの一件が、やはり胸の内で引っかかっている」
悠然と、堂々と魔王は語る。
「だからこそ、その垣根を完全になくしていくのが俺の責務だ」
責務というのは、青春に相応しくない言葉ではあったが、サーシャもミーシャも言葉を挟むことはなかった。
今はそれで構わない。
ゆっくりとこの偉大な魔王が、平和に慣れていけばいいと思ったのだ。
「ゆえに、皇族の黒服と、混血の白服、この二つを融和したものが目指すべきところと言えよう」
アノスは立ち上がり、姉妹に視線を向ける。
「ミーシャ、サーシャ」
ぐっと右手で空をつかみ、魔王は堂々と宣言した。
まるで世界を手中に収めんとばかりに。
「俺は手に入れるぞ。灰色の青春を」
「灰色はよくない」
ミーシャが淡々と言った。
「……だめか?」
「だめ」
魔王は玉座に座り、軽く頬杖をつく。
「なかなかどうして、奥が深い」
もっといい色が見つかりますように――
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