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パンドラの箱  作者: ed-209
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002_帝国アカデミー

002_帝国アカデミー時代


帝国の若き訓練生たちはしばしば上官に「疑念を捨てろ」と言われた。


これは、“帝国への忠誠は他の何よりも優先しなければならない”という意味を持つ。


十九歳の訓練生であるデルも、何度も「疑念を捨てろ」と言われてきた。


きっと、僕たちを洗脳してるつもりなんだろう。


訓練以外の生活は、ほとんど知らない。


家族の記憶もない。


覚えているのは“帝国への忠誠は何よりも優先しろ”というシンプルな教えだけだ。


この広大な宇宙に関するわずかながらの知識は、すべて訓練を通して教わったもので、帝国側の視点ではあったが、その正しさを疑う必要も理由もない。


それでも自分の目でこの世界を見てみたかった。


仲間と共に出撃し、銀河を脅かすもの全てから人々を守れる機会を待っていた。


そんなこと思っているのは当のデルだけではない、彼の所属する分隊全員がそう思っていた。




エミールが遅れをとった。


デルとジャック、ハスクは、敵の基地を囲む外壁に身を隠していた。


この辺の壁はまだそれほど崩れていないが、無数の銃弾を浴びて傷だらけだ。


敵からの激しい攻撃が、まわりの地面に降り注ぐ。


合金製の装甲服を着ていても、壁から銃弾の衝撃が伝わってきた。


「あいつまただぜ」とジャックが親指をくいと立てて言った。


ヘルメットのHUDヘッドアップディスプレイには、他のデータ(計測距離や攻撃計画、気候条件から自分のライフルの射撃回数に至るまで)とともに、視界に入った友軍のIDタグが出る様になっている。


デルは、HUDに流れるデータを見て、エミールがきっかり20メートル後ろにいる事を知った。


デルはかがんで、その方向を見た。


墜落したスツーカの陰に身を潜めている。


「エミール、大丈夫か?」


デルがコムリンク(通信装置)を通してエミールに呼びかけた。


ノイズ混じりの荒い吐息がヘルメットに響く。


どうやらこちらの声が聞こえていないようだ。


そして、エミールには見えていない脅威に気がついた。エミールの左にいる三人の兵士が、彼に銃を向けようとしている。


「エミール!!」


デルは呼びかけるがやはり反応がない。


デルはヘルメットを取って、大きな声でもう一度エミールを呼ぶ。


「デル!!」


エミールがデルの呼びかけに気がついた。


「左だ!左に注意しろ!」


エミールは体を引きずって近くの遮蔽物に移動した。


運良く銃弾は避けられたが、彼がやられるのは時間の問題だ。


急いでデルはエミールに向かって走り出した。


しかし、途中で隣にいたミロスタフ・ハスクが彼を止めた。


「奴はもうだめだ、俺たちは進まなければ」


とハスクは言った。


彼の言う通り、進むべきは前だ。


だが、デルは引き下がらなかった。


「時間がないぞ!」


ジャックがライフルを構えながら叫んだ。


ハスクが唸った。


「俺たちが援護してやる、だが全てはお前の責任だぞ!」


「わかってる」


ハスクもジャックも気は進まない様だったが、帝国兵らしくぱっと飛び出していった。


ふたりが敵の攻撃を引きつけると、デルは半拍の間をおいて、反対方向に突進した。


後ろの地表も酷い有り様で、でこぼこなだけでなく、割れた岩や戦いの残骸が沢山散らばっていた。


エンジンから立ち上る黒い煙が、変わりやすい潮の流れの様に波打っている。


最初の数十メートルはなるべく身を屈め、途中の障害物を飛び越えながら、身を隠す場所を次々に変えて走った。


半分くらいまで走った時、敵兵の一人に見つかってしまった。


敵が銃撃を開始すると、デルは前方に跳び、まだ熱いクレーターに転がり込んだ。


一瞬平らに身を伏せてから、肘をついて身体を起こし、二発撃って、再び身を鎮める。


そして右側に転がって、同じ様に三回撃った。


敵の一人を仕留めることが出来て安心した。


とその時、残りの兵士が隠れているデルに気がついた。


ジャックがスコープでそれを視認すると、慣れた手つきで標準を調整した。


「デル、隠れろ」


即座にデルに向かって呼びかけた。


デルは倒れこむ様に身を屈め、銃弾を回避した。


二人の兵士が銃を撃つ為に立ち上がった隙を利用し、コザックとハスクは単発射撃で確実に仕留めた。


エミールが足を引きずりながら走り、デルの隠れる窪みに滑り込んだ。


「見捨てられるかと思ったぜ」


デルは、エミールの胸のプレートを強く叩き、まるでドアをノックする様な音を響かせた。


「お前は仲間だからな」


「ジャック、ハスク。エミールは大丈夫だ、そっちは?」


「心配ない」


「よし、傷は?」


デルは、エミールのヘルメットを取りながら言った。


エミールは、左太ももにできた傷を見せた。


デルは、ベルトから医療キットを取り出し、血液凝固剤を傷に当てた。


「すまない」


エミールは静かに言った。


それからデルは、彼の肩を支え、一緒にハスクのところまで走った。


「エミールは大丈夫なんだな?」


ハスクは念の為に確認した。


「大丈夫だ」


エミールは傷を押さえながら言った。


「攻撃目標は?」


デルは放ったらかしにしていた任務について心配した。


「第ニと第三分隊が交戦中だ」


「計画が変わったんだ。俺たちは要請があり次第、援護する」


ジャックが付け足した。


だが、結局その必要は無かった。


第ニ分隊で全員、第三分隊では半数の犠牲を出して、何とか目標を制圧したのだ。


とその時、周りの景色がちかちかと点滅して、パッと消えた。


岩や砂で覆われていた地面はガランとした黒い金属製の床となり、戦場だった場所は何もないシュミレーションルームに変わった。


この黒色の床には、敵と味方の兵士が倒れ込んでいる。


敵と味方とはいえ、どちらも中身はれっきとした帝国の兵士だ。


倒れている兵士達を全員で協力して持ち上げる。


今は気絶しているだけで数分もすれば意識は戻る。


第三分隊の隊員をジャックと持ち上げている時に、壁に設置されたスピーカーから士官の声が響いた。


「第一分隊、評価と検討のために出頭すること」




エヴァルト・クライスト少佐は、第一、第二、第三の三分隊による合同訓練を見ながら、隣にいる帝国軍総督、アルブレヒト・シュナイダーに声を掛けた。


「訓練生達はよくやりました」


「この訓練を見る限り、私も賛成だね、コマンダー」


シュナイダーは視線を変えずに言った。


「ですが、隊員を分散させ、エミール・クローズに戻るという第一分隊の判断には問題があります」


クライストは続けた。


「もしかすると──他人に共感できる力が危険なくらい強いのかもしれません」


「総督もお聞きになったでしょう」


「仲間とかいうやつか?」


「はい、閣下。団結は大事なことですが、総督もご存知の通り、忠誠心は何よりも優先させなければなりません、帝国への忠誠は仲間への誠実さよりも大事であるべきなのです」


「親のような響きだな、コマンダー」


そして、シュナイダーはクライストを見やってこう言った。


「邪魔なものは全て排除しろ、コマンダー。──どんなものでもな」




ブリーフィング室は、他の部屋と同じく、何の特徴もないガランとした部屋だった。


中には、デスクと椅子が四脚、机にはホロプロジェクターがあり、壁には帝国の紋章が描かれている。


四人はヘルメットを取った。


赤外線の赤みがかった色から鮮やかな色彩に戻った。


装甲服を着ていると誰もが同じに見える。


それが良いところだとデルは分かっていた。


しかし各自がヘルメットを脱ぎ、個々の違いが見える方が好きだ。


エミールの青白い顔とそれを際立てる焦茶の頭髪。


ハスクの驚くほど青い瞳と金色の髪、そして彼の顔には白っぽく目立つ傷が走っている。


ジャックは、デルと同じく、茶髪に白い肌だ。


装甲服に隠された人間の姿が見え、IDタグだけで判断される顔も名前もない兵士ではなくなる。


ブリーフィング室ではハスク、エミール、コザックと一緒に少佐が来るのを待ちながらデルはそんなことを考えていた。


全員ヘルメットをとっているが、まだ装甲服のままだ。


エミールは不安そうだな、ハスクとジャックはそうでもないが。


だが、自分の気持ちは正直言ってよくわからない。




ドアが素早く開き、四人はすぐさま立ち上がった。前を見据えて、直立姿勢をとった。


クライストがいつものように、手を後ろに組んで入ってきた。


いつもの通り、前置きはなかった。


四人を見据えながら、こう言った。


「チームとしては上出来だ」


軍内部の教官や士官達は俺たちを見つめても良いが、俺たちは少佐と目を合わせてはいけない。


そういった軍紀を尊び、少佐の視線を避けながらデルは前を見つめた。


「ハスク、お前の射撃は正確だった。単発射撃を選択したのはお前の判断だったな。賢明な判断だ。」


ハスクはさらに背筋をぴんと伸ばした。


「ありがとうございます、コマンダー」


少佐は、顔を少しだけ動かして、デルを見た。


「デル、バイオセンサーによれば、お前の最大心拍数は許容範囲を上回っている、戦場では冷静な判断が求められる、分かっているな?」


「はい、コマンダー」


デルは答えた。


その後、少佐の顔は少しも動かなかった。


それでも少佐がエミールを見ているのは確かだとデルは思った。


沈黙が続くうちにエミールの不安が増していくのがわかった。


“エミール、余計な口を聞いて墓穴を掘るなよ”と、デルは心の中で念じた。


クライストがやっと切り出した。


「ジャック、お前は弾薬を無駄にしている、計測によればお前は合計で119発撃ったが命中率は20パーセント以下だ。明日は射撃場行きだ、急速な進歩を期待する。」


「了解しました、コマンダー」


コザックが答えた。


「皆、ハスクを手本とするように。退出して良い。デルは残れ」


他のメンバーはヘルメットを抱えながらドアに向かった。


エミールはドアが閉まる前に振り返って、デルを見た。


デルはじっと立っていた。


「何故エミールのところへ戻った、ハスクは反対していたはずだ。」


「チームの一員だからです」


デルは答えた。


まるで尋問を受けているかの様だった。


「やつを助けたのは今回が初めてではない。様々な局面で助けている、何故助けるのだ?」


「チームに弱い部分があればチーム全体が弱くなるからです」


「確かにそうだ」


「ありがとうございます、コマンダー」


「二度とするな」


「コマンダー?」


デルは驚いて軍曹と目が合ってしまった。


だが、少佐は気にもせず続けた。


「弱い部分があれば、全体も弱くなる、デル・ロレンツォ。お前は、弱い部分を強くしようとしているつもりだが、実際は違う。問題を解決するどころか、逆に全体を弱くしているのだ。」


「現にお前がエミールを助けている間、第二分隊の二名がダウンした。」


デルは眉間にしわを寄せた。


「コマンダー、私は決して──」


「お前は、素晴らしい能力を秘めている、いずれは私をも越すだろう。だがお前は何よりも帝国の忠誠を優先させなければならない、それに勝るものは有ってはならない。あいつが持ちこたえれば帝国の力は強くなる、倒れてしまえば帝国がその弱さによって受ける被害は最小限で済む、分かったか?」


「はい、コマンダー」


「ためらいがあるな」


「いいえ、少しもありません」


「今後はこの様なことは起きないか?」


デルは息を飲んだが、すぐに答えた。


「はい、コマンダー」


「では話は終わりだ、退出して良い」




その日の夜、四人は宿舎で体を休ませていた。


体を休ませるといっても、自由時間なので個々で好きな事をやっていた。


ハスクはライフルの点検、ジャックはベッドに横たわりながら本を読んでいる。


ジャックの向かい側のベッドでは、エミールがネットワークで、辺境惑星の酷い惨状を伝えるニュースを見ている。


デルは、特に何もすることは無かったのでクライストに言われたことを思い返していた。


もちろん、俺は帝国の為に死ねる覚悟だ。


あの時、俺がエミールを助けていなかったら、第二分隊の二人はダウンせずにするんだかもしれない。


その時、エミールがデルに声を掛けた。


「ちょっと外、行かないか?」


デルは少しびっくりしたが、ここにいて悩んでいても意味がない。


二人は宿舎を出ると、複雑な通路を行き来して、アカデミーの最下層まで進んだ。


ここなら誰にも聞かれる心配はない。


エミールが口を開いた。


「デル、すまない…俺なんかの事で…」


「──あぁ、それのことか。俺はあの時の判断を後悔していない」


デルは意外な話題に戸惑いながらそう答えた。


「本当か?」


エミールは顔を上げて言った。


デルは、誤魔化しに微笑んだ。


「本当だ、お前は仲間だからな」


エミールは、しばらく黙ってまた顔を下に向けた。


その時、クライストの言葉が頭をよぎる。


本当は、自分に嘘をついているんじゃないのか?


「ありがとう、デル」


エミールの弱々しい笑みがデルの瞳に映った。


ジャックなら、ここで冗談を言ったりして場の雰囲気を和ごましただろう。


だが、俺は出来なかった。




エミールに呼び出されてから数日後、デルは気づいた。


何かが変わった。


アカデミーはかつてない程の活気を帯び、訓練も慌しくなって、静かな緊迫感が新たに生まれていた。


まるで何かに対して準備している様だった。


指導が急に厳しくなった。


その時まで、少人数チームの戦術、武器の整備、軍の組織構造や歴史などだけだった授業や講義が、より規模の大きいものとなり、何度も試験を受ける事となった。


加えて、装備の運搬やアカデミーの清掃、武器の修理などを訓練生としてやらなければならないので、宿舎で体を休め、前の様に本を読んだり、映像を観たりする時間は無くなった。


やるべき事は何処にでもあり、尽きる事はない。


スケジュールが忙しくなった影響をもろに食らったのはエミールだ。


元々プレッシャーに弱かったエミールは、ミスを連発する様になった。


監視の下では、どんなミスも見過ごされない。


皿洗い中に皿を割るとか、忘れ物をするとか、誰でもやる様な些細なミスにも罰が与えられた。


エミールだけでなく、デル、ジャック、ハスクも全員が罰を受けるのだ。


ジャックは、たまに怒ったりもしたが、比較的冷静さを保っていた。


だがハスクは、その怒りを隠そうとはしなかった。


デルは何度か手を貸して楽にしてやろうかと考えたが、軍曹の言葉を思い出し、背を向けた。


いやな気分だった。


それにこんな気持ちを抱えているのは、俺一人らしい。


孤独なのだ。



「教官たちの話を小耳に挟んだんだ」


チームのみんながジャックに注目した。


「訓練を急がせるって、準備させなきゃいかんと言ってた」


「準備?」


デルはクリームをパンで拭いながら言った。


その料理は味ではなく効率を重視して作られたものだ。


「分からない」


ジャックはコップを片手にそう言った。


確かに、最近訓練が慌ただしいとデルは思った。


「戦争かもな」


ハスクがようやく口を開けた。


「戦争だと?」


エミールはびっくりした様子だった。


「俺もそう思う」


デルは言った。


確かに戦争だったら辻褄が合う。


訓練の慌ただしさも、妙な緊迫感も。


「もしかしたら、出撃する日は近いかもな」


ハスクがみんなを見て言った。


エミールは、やや興奮している様で目を輝かせている。


「ほんと、早くそうなる事を願うよ」


「早いと困るぞ」


ハスクが飲み干したコップをテーブルに叩きつけ、エミールをじっと見た。


「お前のやり方じゃ、最初に派遣された場所が、お前の最期の地となってしまうね」


「おい」


デルが口を挟んだ。


「仲間だろう、一緒にやるんだ」


「そうか?」


ハスクはコップと皿を片付けながらそう言った。


「こんな奴なら、俺はむしろ三人の方が良いけどな」


エミールの表情が全てを──それ以上を物語っている様に見えた。


「だが、もし戦場に行くとなったら四人全員で帰ってくるぞ」


ジャックは良い奴だ。彼の言った通り、エミールや他の仲間たちを絶対に死なせたりはしない。


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