イケメンざっくざく
女王の命により、つつがなく準備は進められ、気づけばエルティナは西の外れにある離宮へと来ていた。
その左手には大事な聖遺物。
ただし、女神の慈愛圏外なため、それはただの四角い物体としてしか機能していないが。
「ここ三日間、一回も繋がらなかった……ログインボーナス……」
「殿下、泣かないでください。泣くのなら俺に啼かされてください」
「漢字変換がおかしい」
離宮の一室。
エルティナは茶色のソファへと座り、いつも通りの熱い視線を向けてくるアルクードへと体を向けた。
「それで私は何をすればいいの?」
「はい。エルティナ殿下には女王陛下の代理として、祝福の実の収穫祭に出席していただきます」
「ああ……祝福の実。あれね」
エルティナはアルクードの言葉を受け、なるほど、と頷く。
そして、その祝福の実と呼ばれる果実に思いを馳せた。
祝福の実はその名の通り、女神からの祝福を受けたありがたい果実として知られている。
大きさは小指の先ほどで、真っ赤な色をしていた。
そして、その味はというと……。
「なにせ酸っぱいのよね。お祝い事があるたびに出てくるけど、その酸味がすべての慶事をはね飛ばす気がするわ」
「殿下はあまり得意ではありませんでしたね。しかし、今回は必ず食べていただきます」
「……なんで?」
「女神様の祝福を受けた果実ですから。その恩恵に感謝を示すために、毎年、収穫された最初の一粒は女神様の末裔である王族の女性に捧げることが続けられています」
「……そういえば、お母様がそんなことを言っていた気がするわ」
エルティナはアルクードの話を半目になって聞きながら、はあ、とため息をついた。
エルティナの住むセレスカヌア国は女神の作った国だと言われている。
女神が大地を作り、水を流し、木々を植え、そこに動物を放ち、人間の生きる環境を作ったのだ、と。
そのため、国民は女神を崇め、讃えていた。
そして、エルティナたち王族の女性は女神の末裔として、国を治め、民に富を約束するのだ。
「やだぁ酸っぱいのやだぁ」
「我慢してください。この地域は祝福の実によりなんとか維持が出来ているのです。それまでは湿地帯ゆえになかなか作物が育たなかった。女神様の恩恵でようやくここまで来たのです」
「……つまり祝福の実を与えたのは女神で、要は聖遺物ってこと?」
「はい。この土地に恵みを与えるために女神様が降ろし、その代の女王陛下が普及に尽力されたそうです。こうして、王族自らが食べ、収穫祭に参加するのは、この国に祝福の実を広げようとなさったからです」
「はぁ。がんばってるのねぇ」
アルクードの言葉をエルティナは他人事のように聞き流す。
そんなエルティナにアルクードは話を続けた。
「今回、女王陛下は別件の対応に追われ、こちらに来ることができませんでした。民は、女王じゃなくて王女かよーと、がっかりしていることでしょう」
「いきなりディス」
「けれど、エルティナ殿下を拝見すれば、みな喜ぶはずです。殿下は黙っていれば、女神様もかくやという美しさですから」
「話せばみなががっかりするかのような言い草ね」
「話せばみなががっかりします」
「繰り返しディス」
「ただの怠惰なくそ女です」
「本気ディス」
騎士による主に対してのディス三段活用。
エルティナは白目になりながらそれを聞き、最後には手元にあるクッションをアルクードに向かってぼふんと投げつけた。
そして、すくっと立ち上がる。
「いいわ! とにかく祝福の実を食べればいいんでしょう! ぱぱっと終わらせればいいだけよね。で、収穫祭は今日の夜?」
「いえ。一週間後です」
「はぁああ!?」
クッションを定位置に戻しながらのアルクードの冷静な返事。
その言葉にエルティナは腹の底から異議あり! と声を出した。
「なんで、そんなに先なの!? 当日にちゃらっと参加して、さらっと食べて、ささっと王宮に帰ればいいでしょう!? 祝福の実を食べるだけでなんでこんな日程になってるの!?」
「それは俺が、殿下と少しでも長く二人でいたいからですね」
「欲望!」
せっかく立ち上がったエルティナはまたぼすんとソファへと舞い戻る。
俯せに飛び込んだ体はそのまま動かず、ただ、しくしくと涙を流す声だけが響いた。
「うぅ……ログインボーナス……イベントぉ……ガチャぁ……」
「殿下、泣かないでください。泣くのなら俺に啼かされてください」
「漢字変換……というかこのくだりはもうやった……」
「はい。しかも正しくは今まさに俺に泣かれされてますよね」
「そうね……この意味の分からない長期日程をぶっこんだアルクードのスケジュール管理能力に泣かされているわね」
「俺に泣かされる殿下、まじ眼福」
色気のある顔でうっとりと笑うアルクード。
エルティナはそんなアルクードを見もせず、ただ、しくしくと泣いている。
そんなエルティナにアルクードはそっと手を伸ばして――
「殿下、この旅は言われたことだけをやればいい、というものではないのです」
「……というと?」
優しく温かなアルクードの手。
その手にとんとんと優しく叩かれると、エルティナはゆっくりと顔を上げた。
その濡れた碧色の目を見つめて、アルクードは言葉を続ける。
「女王陛下に聖遺物予算を切られ、ガチャ資金がなくなったのは覚えていますか」
その言葉にエルティナはぱっと体を起こした。
「もちろんよ! なにそれ、最悪、どうしたらいいの? わからない、わからないからイベント周回しようって、よりイケメンにはまりこんでいたんだから」
「馬鹿じゃないですか」
エルティナの愚行にアルクードは冷静に突っ込む。
そして、なにをしたらいいかわからないと言い切ったエルティナに噛み砕くように説明を始めた。
「いいですか。この一週間で殿下は成果を挙げなければなりません」
「成果を?」
「そうです。殿下がこの地域を知り、この地域の問題を解消する。すると、この地域からの税収が上がり、国は豊かになります。女王陛下はその成果に対してはきちんと殿下に還元する、とおっしゃっていました」
アルクードの言葉にエルティナは目を瞬かせる。
そして、母親である女王陛下の言葉を思い出していた。
『執務サボるのまじ卍。ちょっと田舎に視察に行ってきて。ワンチャン。ガチャしたいなら、自分で稼ぎなさい』
そう。ワンチャンある。
ガチャしたいなら、エルティナ自身で金を稼ぎさえすればいい。
田舎の視察で成果を残せば、その分はエルティナへと還元され、その資金の使い道は自由なのだ。
「……! アルクード。私はこの土地のことを知り、まずは問題点を探るわ」
「はい」
「この土地が祝福の実に頼っているのであれば、私はその果実をもっと広げていけるよう、手を尽くさなければならない」
「はい」
「私はこの土地を豊かにします。たった一週間ですが、最大限の努力を!」
「はい」
エルティナの輝く碧色の目。
その強さにアルクードも応えるようにしっかりと頷き返す。
そして、エルティナはそんなアルクードを見て、にへらと笑った。
「イケメンを侍らせるには、まずは土地! この土地を豊かにすればイケメンざっくざく!」
イケメン、イケメン、ざっくざく。
ひとりよりふたり、ふたりよりさんにん。
鼻歌を口ずさむエルティナは、もう一度、よし! とソファから立ち上がった。
「そうと決まれば、さっそく視察よ! まずは祝福の実の畑へ!」
今度はもうソファへは戻らない。
まっすぐ歩くエルティナに付き添い、アルクードもその後を追った。
果たして、この土地を豊かにできるのか。
その先にイケメンはあるのか。
「とりあえず、女神の慈愛を探しながら行くわ」
聖遺物片手にエルティナは進む。