君への想い2
「と言うわけで、もう一回持って行って」
月曜日、授業終了後と言っても昼頃だが。桜井先生呼び出され、急にそんな事を言われた。
「何をだよ」
思わず敬語も使わずに聞くが、問題ないだろう。結構みんなこんな感じで話しているはずだ。多分、恐らく。
「嫌だな〜、分かってるくせに。神谷にプリントを持ってっといて」
「あぁ、それか。良いですよ、暇ですし。プリント下さい」
お、本当?と嬉しそうな顔で書類の山の下に近い辺りから勢いよく茶色い封筒を抜き出した。かなり山がグラついているが、倒れる様子はない。
せめて丁寧に渡せよ、生徒とはいえ人に渡すんだから。まったく、折れまがっていたら先生のせいにしてやろう。後、下のものを出すなら上をどかせ。
「はい、これね。できれば今日持って行ってくれるとありがたい」
先生の机に目をやると、綺麗な黄緑色で縁取られた時計が11:30辺りを示していた。病院までは、電車が何も起きなかったら1時間で着くし、良いか。
「わかりました」
「いや〜、今日がもう授業がなくて助かった。松本に頼めるし」
この前渡すの忘れてたんだろうな、この言い方。そんな山の下にあるならそうかもしれないけど。もう少し片付けようよ、先生。
「とりあえず渡してきますよ」
病室の前で、今回も前回と同じように緊張して少し汗ばむ。流石に2回目となると、相手の事も知っているからか緊張も前ほどではないが、それでもだ。息を吐き出すと覚悟を決めてノックした。
「えっと、どちら様?」
返事だけ返ってくると思っていたのだが、予想外にも返ってきたのはドアが開かれる音と、誰かを尋ねる沙菜意外の声。
どこか、沙菜の面影がある気がする人だった。目測で測った沙菜の身長よりも高いし、肌の色も。この人もかなり白いが更に白かったので、多分別の人だと思う。
「お姉ちゃん、その人は雄飛くん。松本 雄飛くんだよ」
丁度死角で見えないが、その声は紛れもなく沙菜のものだった。その証拠に、沙菜のお姉ちゃんらしき人物は、ああ、この子が。と小さく漏らし。
「私は、神谷 凜。沙菜の姉だよ。仲良くしてやってね。じゃあ、沙菜。私帰るけど、体調管理は、気をつけて」
俺が来なくても帰るつもりだったんだろう。少し後ろに下がって、中に声をかけると入り口に置かれた白いカバンを掴んだ。
「じゃあ、よろしくね」
沙菜には届かないような声で俺に言うと凜さんは直ぐに階段を駆け下りた。それを呆気にとられ、見送ると、病室内に入って扉を閉める。
この前以上に冷え切った室内に少し驚く。病人がいるんだから、もう少し上げた方が良いと素人目には思うのだが、何か理由があるんだろう。
「よっ、久しぶり」
「おひさ。雄飛くん」
カバンの中に一応丁寧に入れた書類を取り出しす。先生に投げられた時に綺麗に受け取ったから曲がってはいないはずだが、一応確認してから渡した。
「ありがと」
ほんわかとした笑顔でお礼を言うと右手だけで受け取り、それをベッドの隣にある木目の小さいテーブルに置いた。
中央に置かれていた香水のようなものが、少しずれて奥に追いやられる。
「そういえば、本読んでくれた?」
本?って、貸してくれたやつか。
「悪い、まだだ」
彼女が頬を膨らませながら、むー、と唸る姿はいつか見たあの担任の、この姿の数千倍は似合っていて、見惚れてしまう。
先生にあの時の自分の姿とこれを是非見比べて欲しい。自分がいかに間抜けだったがわかると思うから。
「そっか〜」
困ったように眉を寄せるその姿も絵になっていた。思わず、息を漏らすと沙菜が丁度こっちを向いた。
「あ、じゃあ話してみたかったんだけど、私の病気について話しても良い?」
その話し方はこれまでに無く他人事のようだった。そういえば、こういうのあるんだよ。と友達と話すようなそんな話し方。
その問いに、なんて答えれば良いのか分からなかった。それを、肯定と受け取ったのか、悪意のない笑みを見せると壁に目を向けた。
「雪結晶病、それが私の病気の名前」
なんで、どこか諦めた笑顔であるのが分からなかった。でも、少し悪化しただけなら直ぐに退院できるんじゃないのか?
「特徴は、患者の体温が一定の温度を下回ると身体中に雪結晶の模様が出てくる事。そこから雪結晶って呼ばれてるらしいよ」
聞いた事が無かった。その特徴も、病名も。
「聞いた事無かったでしょ?」
満面の笑みで聞く沙菜に少し、戸惑うが、首肯でそれを現す。本当に病気なんだろうか、今元気な沙菜を見ていると全くそんな事が思えなかった。
「まだ、患者数2桁の珍しい病気ですから」
なんで、なんでそんなに前向きでいられるんだ?
口から漏れそうになった言葉は、寸でのところで止められる。でも、俺はその病気については知らないが、さっきの諦めの表情とは、違う。
「そう、なのか」
「とは言っても、特になんもないから気にしないでね。ほら、空気変になっちゃったけど」
その、いつもとは違う、何かを庇うような笑い方が、この前までの、本心から笑っている顔じゃない気がして。でも最後には君の言う通り気にしないようにするしか無かった