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君への想い

もし、君と。もう一度だけ話せるのなら僕は何を話すだろう。


あの日とは違う出勤ラッシュで混雑している電車の中でふと語りかけたくなる。会える事のない君へ。


どうでもいい様な、世間話だろうか。


それとも君がいなくなってしまった後のことだろうか。


駅名を告げ、ゆっくりと減速していく電車で立ち上がると、駅へ降りた。まだ低い位置にあり視界に差し込んでくる光を気にすることもなく、人混みに流れに逆らわずに進んでいく。


僕は、今でもあの時が1番『生きていた』と言える。


ピッという電子音で休む間も無く働く改札を通り過ぎると、一気に騒がしくなる街に出た。


あの時、あの世界にいたのは、君と僕だけだったんだ。


それとも、元々そんな物はなかったのだろうか。


街から少し離れた、毎日登っていると日に日に慣れてくる坂道を登りきると、かなり静かな場所に出る。


さて、僕はそんな君に一つだけ聞きたいと思っているんだ。


「君は、本当にあの時幸せだったのか?」


どこからか聞こえる蝉の声が流れ出る汗をさらに促した。







さすがに、こんな田舎まで来る人はいないのか、山ばかりが見えてくる辺りになると電車に乗っている人は数えるほどしかいない。


昔の様に、本、雑誌、新聞を読んでいる様な人は皆無だった。全員が全員スマートフォンで済ましてしまっている所に時代の流れを感じる。


そんな年甲斐にもない事を思い更けていると、金属が擦れ合う音が聞こえ電車の速度が落ちていく。カバンを持ち、立ち上がると駅に降りた。


これから会うのは女子だ。あの教師は何を考えたか、入院している女子に、男である俺が、会いに行けと言うのだ。叫ばれる位は覚悟していた方が良いかもしれない。


桜の花が狭い道に絨毯の様に敷かれているのをできるだけ崩さない様にと、ちょっとした山道を登って行くと、屋敷の様な病院が見えてきた。


叫ばれる覚悟を決めて、病院に入ると、内装も中々に綺麗なものだと見惚れる。受付の人に事情を話すと、説明でもされていたのか以外とすんなり面会可能です。と言われた。


小洒落た螺旋階段を登り、3階まで移動する。先生に言われた病室、316を3階でうろうろと探していると端の方にそれがあった。


思ったより緊張している息を吐き出し、ベージュ色の扉をノックする。直ぐに透き通る様な声で、どうぞ。と返ってきた。その声に妙な不安と緊張を感じながらもゆっくりとドアを開く。


そこで俺は人生最大の衝撃とも言える人物、神谷 沙菜に出会った。





高校生活も慣れてきた4月のある日。突然職員室に担任の桜井先生から呼び出された。


「うちのクラス、誰も座ってない席が一つあるでしょ?」


その言葉にクラスの中に一席だけある誰も座っていない席を思い出した。クラスメートも酷いもので、誰1人それについて気にしていない。残念なことに俺もそこに入っているのだが。


「神谷さんのですか?」


「意外ね。知ってるの?」


知っているわけが無い。知っていたら、それは友人、親戚。そうでなければ、かなりの変態だ。来ていない理由は大方、いじめか仮病あたりだと予想をつけたのだが、外れだろうか。


「書いてあったじゃないですか。クラス替えの時にクラスメートの名前が書いてある紙に」


偶然、偶々覚えていたのだ。だから苗字である『神谷』はわかるのだが、下の名前の『沙菜』が、『さな』と読むのか、なぜか思いついた『すずな』と読むのかは微妙だったので言っていない。言う気もない。だから、本題を手短に簡潔に話してくれ。


「初日のテストは散々だったのに、記憶力は良いのね。それを少しでも勉強に向けて欲しいもんよ」


よく覚えてるな。2週間位前の話だぞ。確かに散々だったが、赤点は取っていない。ギリギリで回避していたのだ。むしろ褒めてもらいたい。


「赤点は取ってないですよ。それで、用件は何ですか?」


「もう少し、私の話に興味を持ってくれても良いんじゃないかしら?」


口を子供の様に膨らます、二十代。これ程までに似合わない者がいるだろうか。と悟りを開きそうなノリでツッコむべきか迷っていると桜井先生は飽きたのか真顔に戻った。


「良いわよ、別に。それでね、神谷だけど、休んでるから明日にでもプリント持って行ってくれない?」


何考えてるんだ、こいつ。それが真っ先に出た答えだった。普通、持って行くとしても女子に持って行かせるだろうよと。


中高一貫のこの学校で、俺は高校から入ってきた。神谷さんがいつから来ていないのかは知らないが、俺は知らない。見た事も聞いた事もない。


そんな知らない男が、クラスメートでーす。と言って、彼女の家に持って行くとしよう。


親、もしくは本人に即警察に通報されても文句を言えない様な行動だ。俺のステータスに、ストーカーか変態。もしくはその両方が増え、学校中に広がるのが目に見えているだろう。


「女子に行かせてください。それでは失礼します」


そんな不名誉な事を言われるくらいなら、クラスメートにプリント持って行かない人。と言われる方がまだ良い。


逃げようとしてドアの方に体を向けると、制服を後ろから引っ張られる感覚。主に首回りがピンチだった。


「いやいや、逃げないでよ。雄飛くん」


「嫌ですよ。コミュ障なんです。知らない人の家とかほんと無理。亡き父からも、先生から家にお届けものを頼まれたら拒否しろって言われてるんです」


その時の俺の過ちは、『家』と言ってしまった事だろう。そう、あろう事かこの教師、家でないのならば良いだろうと、捻くれた回答をだしたわけなのだ。


「ああ、なら問題ないわよ。だって、彼女病院にいるし」


その後の先生は早かった。これ以上にない速さで書類を集め、反抗する隙も与えず、俺に渡し、病院の場所と病室を教えると職員室から押し出し一言。


「ほら、私より生徒の方が神谷さんも嬉しいでしょ?私も忙しいし。お母さんもそれで良いって言ってたからね。頑張りたまえ」


鍵を閉めた音と、最後に、ついでの様に渡された紙には、あなたの記憶なら大丈夫だろうけど念のためにと病院の住所と病室が書かれた紙。そして意識しなければ見えないような字で仲良くしてあげて、と。


「じゃあ、なおさら女子にしろよ!」


叫んだのは仕方がないだろう。職員室にいた先生方からは突然叫ぶ変な子だという感想を抱かれてしまったかもしれない。


さようなら。俺の平凡生活。




そういう理由があって、土曜日に学校から中々に距離がある病院まで行くことになったわけだ。


彼女の入院している病院は学校から電車を数回乗り換えた先にあるものだった。約1時間位だろうか。


そんな病院で、先生に言われた通りの病室316号室を見つけると、息を吐き出す。ふと、本当に迷惑ではないだろうかという不安が募り、手に緊張の汗が滲み出る。


なにせ、女性なのだ。それも、会ったことのない。しかし、このまま帰るわけにもいかず、流れ出る冷や汗を我慢し、ベージュ色の扉をノックした。


「どうぞ」


その時ほど時が止まったと思った事はない。今まで聞いたどんな人よりも透き通ったその声。そのたった一言で、わざわざ、面倒だな。と思っていたそれがなくなる。


ノックする前よりも更に震えるその手を無理に抑えゆっくりと開けた。


彼女の部屋は個室だった。少し肌寒い外より更に温度が低い部屋ではすぐに彼女が目に入る。


声を聞いた時となんか比べ物にならないくらいの衝撃を受けたもんだ。真っ白な肌に、綺麗な細さの腕に指。それに、そんなものは引き立てるだけのものだとでも言える綺麗な顔。


長い睫毛と大きい瞳にそれを強調する二重。すらっと伸びる鼻筋と目元まで伸びている灰色の髪の毛。ここからではどこまで伸ばしているかはわからないが相当手入れされている髪だということが分かる。


神谷さんは、絶世の美人だった。そこで、暫く惚けていたんだと思う。気がつくと、神谷さんは布団で顔半分を隠し、ベッドの端に移動していた。


「っ、誰?」


まるで怯えているような、そんな震えているのに、凛と透き通る声でいて、俺を警戒しているのがそれを訴えている目でわかった。


「松本です。神谷さんのクラスメートで、一応先生から言われたんですけど」


「松本君?もしかして、松本 雄飛くん?」


なぜ、彼女が俺の名前を知っているのかとそんな驚きが顔に出るが考えてみればなんてことは無い。先生が彼女にクラスメートの名前表でも渡したのだろう。


だとしたら、くだらない事だけを覚えている俺と違い中々のものだと思うが。


「ええ、雌しべ雄しべの雄で、ゆう。飛ぶって書いて、ひ。それで雄飛って読みます」


「そっか。雄飛くんか。じゃあ、まず、雄飛くん。タメ口で話してよ」


彼女の笑顔が見れるなら何でもできる、と思えるような笑顔だった。そんな笑顔で言われたら考える間もなく頷く事しかできない。


あの担任、何押し付けてんだよ。って思っていたけど、心の底から感謝しよう。ありがとう先生。先生が実は面倒くさがって押しつけた事はチャラにしよう。


「じゃあ、よろしく。神谷さん」


「ん〜、名前も。私も雄飛くんって呼ぶから下の名前で、すずなって呼んでよ。そっちの方が、仲良くなれるでしょ」


ズルすぎる微笑みに見惚れていると、彼女の身長がそこまで高くないことに気がつく。おそらく150前後。更に、少し化粧をしているのが分かった。


「それじゃあ、はい。これ。先生に渡されたプリントとか」


俺は空気の読める男性なのだ。それについて無闇に聞く小説の残念系主人公でもないので、その話題に触れないようプリントをカバンから取り出した。


「うわ〜、わざわざありがとう」


差し出された手にドキッと心臓が波打つのがよくわかる。細く、綺麗な指だった。あまり見過ぎないようにと渡すと、沙菜の指が手に触れる。


その指は、冷たかった。冬に他の人の手が首に当たっている時より、かなり冷たかったと思う。ただ、触れた時間が短かったため本当に冷たかったのか、俺の気のせいだったかはわからない。


それでも、その幼さ残る顔と冷たすぎた手が、どうにも気になった。それに、プリントを眺め時折笑う沙菜を見ていると、何とも言えない懐かしいような気持ちになる。


見過ぎるのもあれだからと、視線を外し窓を見上げると、そこから見られる景色は山だけで、それ以外は特になかった。


その時片隅に見えた物は、入ってきた時には沙菜に気を取られ気がつかなかった、ベッドの奥に大量に並べられている本の山々。


数千を優に超えるだろうそれらは、彼女の性格を表しているのだろうか、全部綺麗に並べられていた。


「あ、そうだ。雄飛くんはまだ時間ある?」


「ああ、何もないからな」


唐突に聞かれたそれに驚き自傷気味にそんな事を言うが、言った後で失敗したな。と思う。友人も数少ないので時間がある事は確かだが、この言い方はダメだ。


しかし、沙菜はそんな事を気にも止めない様に続ける。


「それじゃあ、少し話そうよ。私も同い年の友達と中々話す機会がないから話したいんだ」


まるで、子供の様に表情豊かに話す沙菜を見ていると心が温まる様な気がする。彼女の良さはそういうところもあるんだろう。実際俺も今かなり幸せな気分だ


「沙菜は、本が好きなのか?」


「うん、特に物語がね。ジャンルは、結構何でも読むかな。雄飛くんは、どう?本好き?」


イタズラっぽい笑みで大量の本を指差すと続いて顔を本から俺に向けた。なぜか、どうにも沙菜を見ていると緊張やら何やらで気が気ではない。


それに、さっきからずっと波打っている心臓の音もうるさい位だ。どうやら、テンポも少しずつ早くなっているようだし。これを恋と呼ばず何と呼ぶ!と、海に向かって言ってみたりしたいが残念ながらそれはありえない。


沙菜は美人で、綺麗で可愛らしいとは思うが、一目惚れはない。そんな『青春満喫しているよ。ふふふ』何て事とは縁も所縁もないし、結ぶ予定も残念ながらない。


「本は、嫌いではないな。気になった本は読んでる。」


沙菜も、俺に対しての恋心なんてものはないはずだ。それは絶対に間違えるはずもない。心が読めるわけではないが、わかる。


それなのに。恋心なんてものは抱いていないのにも関わらず、なぜ。彼女を見ると、緊張というべきなのだろうか。それとも、あるいは。


しかし、現実も緊張や不安といったそれに近い何かが渦巻いている。そんな中二チックな事を考える程度には不思議な感覚が体の中にあった。


「そっか、読むんだ。それじゃあね。私のオススメは」


ベッド脇に置かれた文庫本。表紙に書かれた綺麗な雪結晶はなぜか目の前にいる沙菜を連想させる。全く違うにもかかわらずそう思わせる感覚は幽霊に囁かれている様だった。


それか、死神だな。お前の寿命はもう終わりだ。とでも言ってきているのだろうか。勘弁してくれよ。


「『私は雪』って言う題名の本なんだけどね。私を表す様な本、って言うのかな。それに近い感覚があって好きなんだよ」


その言い方で本に心惹かれつつ、帰る時にでも書店で買っておこうと覚える。


「はい、私は読んじゃったから、もし良かったら読んでよ」


差し出された本に目を一瞬やり、彼女に目線を合わせる。その瞳はまるで、子供の様に純粋な、引き込まれる様なものだった。


「良いのか?」


「うん、雄飛くんがそれを読んでどう考えるのか知りたいから」


本を受け取ると、カバンの中に丁寧に入れる。書店に寄る必要がなくなったので、もう少し居ても良かったが、それでは迷惑だろう。


沙菜の病気が何かは知らないが、それでも、検査とか色々あるだろうからキリをつけて帰る事にした。


帰り間際、雄飛くん。と呼びかけてくる沙菜の方向に振り向く。視界には意外にも、スマートフォン片手に招き寄せている沙菜が映った。


「メール交換しよう?かなり距離あるし、頻繁には来れないでしょ?」


「病院で携帯使って良いのか?」


あれ、病院って最新器具があるからダメなんじゃね?と疑問を訪ねると、驚いた様な表情で、初めて見る苦笑といった表情を魅せつけた。見せつけたではなく、魅せつけた。


「雄飛くんが言うなんて少し意外。でも、ここは使える場所だから問題ないよ」


凄い恥ずかしいのだが、どうしよう。どうしてくれようこの感情と状況。いや、大丈夫だ。多分。恐らく冗談チックに言ってるからワザと聞いているって思われてる。思っててくれ。思っててください!


中々に自分のテンポが取り戻せてきた感覚を掴むと、たった今閉めたカバンからスマートフォンを同じ様に取り出し、沙菜が俺の向きに出した携帯からアドレスを追加した。


「よし、出来たぞ」


「ありがとう、初めて同い年の友達とメール交換した。またね。雄飛くん」


「ああ」


小さく手を振る沙菜に返したのは、なんとも曖昧な返事の仕方だったと思う。全くそんなつもりではなかったのにそんな腑抜けた返事で、病室を後にした。


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