魅惑の湖水浴ツアー(4)
【今回の登場人物】
ミツカ・ヨツカ…レイク村で宿屋を経営する姉妹
「ほらシュウ君も早く行きますよっ」
鍵が無くて部屋に入れなかったミスズはすぐに戻ってきてそう促した。
「でも同じ部屋じゃマズいでしょ」
「無い物は仕方ないじゃないですかっ。この間だって一緒に野営もしているんですし今更騒ぐような事でもありませんよ」
「まあ、そりゃあそうだけどさ」
「それともシュウ君は私と同じ部屋じゃ嫌なんですかっ」
「いや、そういう訳じゃ……」
「じゃあ早く着替えて湖へ行きましょ」
そう言うミスズの頬はいつもより赤い気がした。
ツアー参加者たちはもう既に部屋で着替え、各々様々な遊具を持って湖へと出掛けている。この世界に浮き輪のような便利な物は無く、水に浮きやすい木をくり抜いたり切ったりした物が多いようだ。
交代で部屋を使って俺達がちょうど水着へと着替え終わったところにミツカがやって来た。
「一緒にお部屋使ってくれるんですね、助かります!」
「一部屋分の代金はちゃんと返してもらいますよっ」
こんな時でもミスズはしっかりしていた。
「にしてもなんでミツカまで水着なの……?」
「私の仕事はお部屋の準備とお客様の対応です。今日は満室なのでもう新しいお客さんが来る事もありませんから、お客様達の近くにいる方がいいかなと思いまして」
「要するに一緒に遊びたいって事だね」
「そう思われるのは不本意ですが、そういう事にしてあげても構いません」
料理担当の妹を手伝ってあげればいいのにと思った俺だったが「私が料理を手伝うと大変な事になりますよ」という言葉で全てを察した。
「ささ、行きましょ」
ミツカに促されるまま、赤い水着をヒラヒラさせるミスズと一緒に俺達は湖へと向かった。湖は今日も太陽の光を反射させ、キラキラと光り輝いている。そういえば初めてここへ来た時ミスズが湖に落ちたんだっけ……。
思い出にふける俺の横で二人の少女が水を掛け合ってはしゃいでいる。楽しそうに笑う二人の顔から少し視線を落とした俺は思った。ほぼ同年代に見えるのにミスズの方はちょっと残念だな……。
なにやら殺気を感じた俺は慌てて目を逸らした。
「シュウ君もおいでよっ」
「いや俺はここで見てるよ」
「せっかく水着に着替えたのにっ」
残念そうにしているミスズはミツカを誘って沖の方まで行ってしまった。バシャバシャと水しぶきを立てて泳ぐ二人を見ていると不思議でたまらない。なんでこんなに環境の良い湖なのに魔物がいないんだろう……。
水生魔物がそもそも居ないとか? まあ大した事じゃないし後で聞いてみるか。
そんな事を考えていると、トポンっという音と共にミスズが湖の中へと引きずり込まれたかのように消えてしまった。ミツカは隣で慌てている。
「まさか魔物ッ! ミスズッ!!」
武器も持たず水中という不利な場所で勝算があるかどうかは分からない。しかし考えるより前に身体が反応して俺は湖へと飛び込んだ。
「――ぷはっッ!」
その数秒後、水面へと顔を出したミスズは緊迫感漂う俺の顔を見て不思議そうに言う。
「あれ、シュウ君も泳ぐ気になったの?」
意味が分からず唖然としている俺はミスズの足元を見てようやく全てを理解した。湖底に小さな凹みがあり、ミスズはそこへハマっただけだった。
「なんだ……魔物に引きづり込まれたのかと思ったよ。良かった」
「えっ、助けに来てくれたんですかっ!」
ミスズは妙に嬉しそうにしているが、「魔物なんてこの湖にはいませんよー」とミツカには笑われてしまった。
「もう俺は先に宿に戻ってるから!」
「あっ、待ってくださいよっ」
「えっえっ、ちょっと二人とも!!」
さて、魔物も居なかったし守衛さんを探しに行くか。恥ずかしさを紛らわすように俺は急ぎ足で宿に向かいながらそうつぶやいていた。