黒猫亭の食事(2)
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ミスズ…王都にある商家の娘
ネネ…黒猫亭のオーナー
カタンッ ――
「これでご注文の商品は全部ですね。 それにしてもミスズが男の人を連れて来るとはね……」
店内を見回した限り他に客もおらず、暇になったのかネネさんが最後の料理を運んでくると同時に絡んできた。
「ちょっ、違う、この人はっっ!! 私を守ってくれてっっ!! で、一緒に王都へ行こうって!! だからお家に招いて両親に紹介をっっ!!」
顔を赤らめ慌てた様子で事情を説明しようとするミスズだが、動転しているからか誰がどう聞いても誤解される説明だった。
「「まあまあ、落ち着いて」」
深呼吸によって一度落ち着かせた所で、魔物の大群に襲われた事や無傷で壊滅させた事、五日の距離を一瞬で移動してしまった事などを一生懸命説明し、どうやらネネさんにも納得して貰えたようだった。
「なるほどね、戻って来るのがずいぶん早いと思ったらそんな事があったんだ」
「そう、大変だったんですよっっ!」
「シュウ君はしばらく王都に滞在するの?」
「はい、ひとまず王都の周辺で魔物でも狩ってみようと思っています」
バスがあれば、森での野営も狩りも運搬もどうにかなりそうだし、情報収集を兼ねて……というよりそもそも目的地も無いので、まずは王都で宿屋でも良いから活動拠点となる場所が欲しい。
そんな事を考えていた僕にネネさんから思いもよらない提案があった。
「滞在場所が決まってないならお店の二階の部屋が空いているんだけど、≪タダ≫で貸してあげようか?」
「シュウ君これ何か裏がありますよっ」
すかさずミスズが忠告してくれるが、むしろ初対面の俺に店の二階の部屋をタダで貸してくれるなんて裏が無い方がおかしい。
「裏なんて無いよ! 親友であるミスズの命の恩人に温かな手を差し伸べているだけ。 でもねえ、最近何かと物騒でしょ、だからお店の二階に住んでくれたら夜も防犯になるかなって。それと月一回ぐらい近くの街へ買い付けに行くんだけど、その時ちょっとだけバスに乗せて欲しいな~って。それだけ」
「「それを裏って言うんだよっ」」
二人の声が揃った。それでも夜の防犯と買い出しのお供で住居が無料で手に入るなら、今はこの国のお金すら持っていない俺に断る理由なんて無い。
「お願いします!」
日本でのバイト先のオーナーとそっくりな人に異世界で出会い、その人のお店の二階に住む事になってしまった。そして月一回ぐらいの頻度で買い出しの手伝い、これはつまりバイトをするという事になるのでは……。
俺にはこれらの現象が偶然とは思えなかった。
「食事が終わったらもう一度ミスズの屋敷へ行くんでしょ? 部屋準備しておくから終わったらもう一度お店に来てちょうだい」
「分かりました、ありがとうございます」
「私も時々遊びに来ますねっ」
なぜミスズがそんなに乗り気なのかは分からないけど、見知らぬ土地で不安だった俺はこうして知り合いが増えていく事が嬉しかった。
≪ガランゴロン ガラガラガッ≫
大量に並んだケーキを食べ終えた俺たち二人はネネさんのお店を後にしてミスズの屋敷へと向かう。黒猫亭の二階に住むという事は……これから俺が出入りする時にこの激しいドアベルが鳴るのだろうか。それだけが今は不安だった。