黒猫亭の食事(1)
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ミスズ…王都にある商家の娘
「そういえば、シュウ君はどこの国から来たんですかっ?」
食事が始まると当然出るこの話題。嘘をついて後々面倒な事になるのも嫌なので、当たり障りない範囲で話しておく事にした。
「ニホンという国から来たんだ。ちょっとしたトラブルで国を発たなければいけない状況になってしまって……山の中で道に迷っていた時にミスズと出会ったんだ」
ニホンですか? と一生懸命考えているミスズ。良い家で育ったミスズはきっと英才教育を受けたのだろうが、ニホンを知らないのは当然と言えば当然。
あまり俺の事について深く掘り下げられると、まだ設定を固められていない今の段階ではボロが出てしまうかもしれないのでどうにか話題を変えたい。
「良ければこの国の通貨の事について教えて貰えないかな?」
「ん~…この国では王宮の紋章が刻まれた金貨、銀貨・銅貨の三種類が使われています」
ミスズの話では銅貨100枚=銀貨1枚、銀貨100枚=金貨1枚で硬貨のサイズは小さく持ち運びやすいようにしているらしい。
「王都は周りの街と比べて物価が高いので宿を取るにしても銀貨四~五枚ぐらい、でも食料だけは王宮の方針もあって比較的安いですね」
確かにさっきミスズが頼んだケーキは銅貨三枚だったし、この王都で宿を取って一か月過ごすとなると最低でも金貨二枚ぐらいは必要になりそうだな。あとは稼ぐ手段だけか……
「この国には魔物を倒す冒険者のような人たちもいるの?」
「冒険者とは呼びませんが、魔物を倒す事によってお金を稼ぐ人達をハンターと呼んでいます。さっきまで私達の護衛として同伴していた彼らもハンターですよ」
ミスズはついでにと魔物についても教えてくれた。
「魔物は危険度に応じてA~Fまでランク付けされていて、さっき襲われたオームボアはランクC、比較的出没する魔物で、ある程度の実力を伴っているハンターが一匹だけを相手するならそこまで危険という訳ではありません」
「さっきみたいな集団で来るのは珍しいの?」
「私は初めて見ましたが、昔、キングボアっていうAランクの魔物が出没した時に百を超えるオームボアの大群も目撃されたという話を王都の老人から聞いた事があります」
キングボアって、やっぱりあの時バスにぶつかって来たあの大型イノシシだよな……俺はこの事はしばらく黙っておくことにした。
「狩った魔物は各街にある王宮の窓口へ持って行けば相場に応じた額で買い取って貰えます。さっきのように綺麗な状態のオームボアなら一匹で銀貨一枚ぐらいにはなるかもしれません」
俺はとてつもなく勿体ない事をしたのではないだろうか……。でもあの時は残党を警戒して早くその場から離れる事を優先していたので仕方ないと言えば仕方ない。
「魔物を狩って買い取ってもらうのは誰でもできるの?」
「はい、でも王宮を通さずに魔物を売買したら捕まっちゃいますから注意して下さいねっ」
「えっ、それは何で……」
「買い取った魔物は解体してから食用・素材用として販売し、それを税収の一つとしているんです。勝手に魔物を売買されると税収に影響するからじゃないでしょうか」
「なるほどね」
「高ランクの魔物であれば防衛に貢献したという事で特別手当が付きますから、より高くなりますよ」
もしあのバスがオームボアの時のように魔物を一瞬で倒す事のできる能力を持っているとしたら……運搬にも困らないしチートアイテムと呼べる存在じゃないだろうか。
でも細い道や山奥へは入れないから大通りに飛び出してきた魔物限定か……
「あっ、このケーキ美味しい…」
考え事をしながらポロっと出た俺のその一言にミスズが食いついて来て話題の方向は完全に変わった。
「でしょ! このお店で一番美味しいと思うのっ!」