ムツキの決断(2)
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ネネ…シュウが住む黒猫亭のオーナー
ムツキ…ハラジクの街で雑貨屋を営む少女
フライパンと共に過ごした長い一日がやっと終わった。
「この五〇枚の金貨……どうしよう……」
私は早々に店を閉めると、この五〇枚もの金貨をどうするかを考えた。これだけの金貨があれば四年近くは遊んで暮らす事もできるけど、前々から考えていたこの店の改修に使うって手もある。
でも、改修したとしても扱う商品は今までと同じだから、何かが大きく変わるという事も無いだろうし……。
しばらく考えた後、私は一つの決断をした。
「よし、このお店を売って王都へ行こう」
何てったって私は今、国王陛下の孫娘であるクラちゃんと繋がりがある! 王都で成功する為には大金が転がり込んで来た上に強力なツテも出来たこのチャンスを逃す訳には行かない!
私は今まで頭の中でぼんやりと考えていた王都でお店を開くという野望を実現するべく、まずは一か月後の閉店を目指し、お店の在庫を一掃させる為に閉店セールの準備へと取り掛かった。
次はお店の売却だ。お店の立地がとても良かった事もあって買い手は直ぐに見つかり、しかも店の売却額が私の想像以上だったのでニヤニヤが止まらない。
「おや、このお店閉めちゃうのかい」
「あっ、おじさんこんにちは。そうなんです、もうお店も古くなってしまいましたし、そろそろ引き際かなって」
常連さんが閉店を悲しんでくれるのは嬉しいし、そりゃあ私だって長年守り続けたお店を手放すのは惜しい。だけど、やっぱり今のこの街にこの古い雑貨屋は似合わない。
そうこうしているうちに時は過ぎた。
閉店セールとして破格で販売したお陰かお店の雑貨は殆どが売れてしまい、そして運悪くほぼ商品が無くなったタイミングでネネさんとシュウさんがバスで恒例の買い付けにやって来た。
「ムツキちゃんこんにちは~」
「あっ、こんにちはネネさん、そしてシュウさんも」
「えっ、ちょっとムツキちゃん、閉店セールってお店閉めちゃうの!?」
「はい、以前から話していた計画を実行しようかなと思いまして……」
「あー……そうなんだ。じゃあ王都へ来た時はまた二階の部屋使っていいからね」
少し驚いた様子のネネさんだったけど、このお店の状況は知っているし私も何度か王都に引っ越す事の相談はしていたので理解してくれたらしい。
そして私にはこのタイミングでもう一つ大事なミッションがある。
「あのシュウさん、お願いがあるんですが……」
「王都へ引っ越しする時バスに乗せて欲しいって言うんでしょ。空いてる日なら良いよ、馬車じゃ大変だろうし」
「さっすがシュウさん、頼りになります!」
「金貨十枚ね」
「えっ、それちょっと高く無いですか!! 馬車でも相場は二~三枚ですよ!」
「じゃあムツキの作ったクッキー十枚でもいいよ」
「それなら任せて下さい!」
たぶん、最初からお金を取る気は無かったのかもしれない。
以前私が王都へ滞在していた時、暇だったのでクッキーを焼いた事があって美味しいと凄く褒めて貰った記憶がある。あれはお世辞じゃなくて本当に気に入ってくれてたのかな。
無事に移動手段を確保した私は売れ残っていた雑貨を全てネネさんに譲り、もうすぐ訪れるその日に向けて掃除をしたり荷物をまとめたりと忙しい日々を送っていた。
――今日はいよいよお店を手放す日だ
「ありがとう、私のお店」
私は店の鍵を閉め、小さな声でそう呟いた。
「むふふ~♪ なんかお金持ちって感じ」
お店はもう無いという悲しさも少しはあったけど、今の私は王都での生活に対する希望で満ち溢れている。何故なら、クラちゃんを助けた報酬と、お店を売却した資金、そして閉店セールで売りつくした商品の利益でかなり潤っていたから。
私は金貨を大切に袋へと入れ、迎えに来てくれたシュウさんのバスに荷物を積み込んだ。