記憶を失った少女(3)
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ミスズ…シュウといつも一緒にいる商家の娘
クラ…森で保護された記憶を失っている少女
アルン…バス体験ツアーに参加していた王宮貴族の一人
国王様…国王様
どうやら家出では無さそうだけど、彼女は今記憶を失っているので突然王様の孫娘だとか言われても混乱してしまうかもしれない。
「あの……実は今、クラちゃんは記憶を失っていて」
「 ごめんなさいっ!! 」
俺がそう言いかけた途端にクラちゃんが大きな声で叫んだ。
「ごめんなさい、私、記憶失ってなんかいませんっ」
「「「えっ」」」
アルン殿下も事前に記憶を失っているという事を聞いていたのだろう。その告白に、その場にいた三人全員が驚愕の声を上げた。
「森で倒れていた時は確かに意識が朦朧としてフラフラしていたんです。でも黒猫亭で目が覚めた後は……」
「ええっ、じゃあ何で記憶が無いなんて……」
「ちょっと森で遊んで帰るだけのつもりだったんです。でも思っていた以上に大ごとになってしまったから言い出せなくて……」
ややイラッとしている様子のアルン殿下を横目にクラちゃんは話を続ける。
「だから早々に黒猫亭から立ち去ろうとしたんですが、止められて……まあなるようになればと……」
「クラちゃんは一人で森に行ったの?」
「はい、街で見つけた馬車の荷台にこっそり忍び込んで気付いたら森に……慌てて帰ろうとしたんですが途中で可愛いウサギを見つけて一緒に遊んでいたら、だんだん眠くなって……」
クラちゃんが遭遇したそのウサギとやらは幻覚を見せる魔物、赤耳ウサギでまず間違いない。一通りの話が終わった後、クラちゃんは嘘をついていた事を再び謝り、しゅんとしている。
アルン殿下は俺達に暫く待っているようにと言い残してクラちゃんを連れ部屋から出て行ってしまった。
「クラちゃん大丈夫かなっ」
「多分……すっごい怒られているだろうね」
しばらく待っていると、アルン殿下がもう一人身なりの整った男性と一緒に戻って来た。
その男性はおもむろに俺達の正面へと腰かけ、それを見て何かに気付いたミスズはオロオロと落ち着かない様子になっている。
「初めましてだね、アルンから聞いたがこの度は孫娘が世話になったようで」
「い、いえとんでもありません国王様っ」
また別の貴族かと思っていた俺はミスズのその言葉に驚愕し、慌てて挨拶する。
「こ、国王様……初めまして。シュウと申します」
俺達のその態度を見て国王様は軽く笑いながらもっと気楽に話してくれて良いよと言う。そして俺の方へと向き直り王様はこう切り出した。
「アルンから君のバスの事は聞いているよ。以前一部の王宮関係者によって君のバスを騙し取るような真似をしてしまって、本当に済まなかった。今後は決してあのような事が無いようにするので、どうか勘弁して欲しい」
まさか王様から頭を下げられるとは思ってもいなかった俺は、焦りながらも気にしないで良い事を伝えた。王様いわく、お詫びとして今後もし何か困った事があればいつでも相談に乗るので王宮へ訪れて欲しいとの事。
その話もひと段落した頃、俺達の前に一つの革袋が置かれた。
クラちゃんの記憶喪失は嘘だったが、魔物に襲われ森で倒れていた事は事実。危ない所を助け看病してくれた事、そして王宮に連れて来てくれた事に対しての謝礼として五〇枚の金貨が入っているという。
さっきもキングボアの売却益を受け取った時にこの革袋を見ているので感覚が少し麻痺しているけれど、金貨五〇枚というとそれ相応の大金。
確かに王宮まで連れて来たのは俺達だけど、森でクラちゃんを見つけ看病をしていたのはムツキだし、ミスズも同じような事を考えていたようで一瞬顔を見合わせた俺たちは革袋を返した。
「森でクラちゃんを見つけて看病したのは、ハラジクの街で雑貨屋を営むムツキという女の子です。この謝礼は全て彼女に渡して頂けませんか」
そう言って俺はムツキの雑貨屋の詳しい場所を伝えた。
「承知した、これは彼女の元へ責任を持って届けさせよう」
後日、突然ムツキのお店に複数の王宮関係者が訪れ、何事かとパニックになったらしいがそれはまた別の話。
こうして俺たちは無事にクラちゃんを送り届け、ついでに王宮で豪華な夕食をご馳走になった。