記憶を失った少女(1)
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ミスズ…シュウといつも一緒にいる商家の娘
クラ…森で保護された記憶を失っている少女
守衛さん…王都の門を守るいい人たち
いざ全貌が分かってしまうと謎と言う程の謎でも無かったけれど、元の世界に帰る方法は分からないし、何より今のこの暮らしも悪くないと思っている俺はこれ以上深く考えるのを止めた。
よし、そろそろ次の仕事に取り掛からなくっちゃ。
「こんばんは、ミスズさんはいらっしゃいますか」
もうミスズの屋敷へは何度も来ているので使用人さん達とは全員顔見知り。すぐにお呼びしますねと駆けて行った。
「おかえりシュウ君。ハラジクどうだった?」
俺を見つけたミスズが走り寄って来て、満面の笑みで両手を差し出す。その手が何を意図しているかはすぐに分かったので、俺はさっき領主様から貰ったお土産のお菓子を彼女の手に乗せ話を続けた。
「領主様に挨拶して来たよ。あと、帰りの道中でディルさんと会ってキングボア討伐報酬の残りを貰ったし。それより、クラちゃんはどう?」
「クラちゃんは元気にしてるよ。でもやっぱり何も思い出せないみたいで……」
「実はその事なんだけど……もしかしたらクラちゃんが王様の孫娘かも知れないって情報があるんだ」
「ええっっ!! でも何でそんな子が森に一人で……?」
「それは分からないし、まだクラちゃんが孫娘と決まった訳でも無いから……」
「そういう事ならクラちゃん呼んでくるね」
バタバタと奥の方へ消えていくミスズを見送った後、使用人の皆さんにもお土産を配っているとミスズがクラちゃんと一緒に戻って来た。
「……という事なんだけど、何か心当たりは無いかな?」
俺は守衛さんから聞いた事をクラちゃんにも話して反応を伺ってみる。というのも、仮にクラちゃんが孫娘であった場合、一人で森に入ったとなれば何か王宮内でトラブルがあって家出をしていたのかもしれない。
まあ、もしそうだとしても見過ごす訳には行かないけれど、事前情報としては知っておきたい。
しかし彼女はうつむいたまま、ムツキに助けられる以前の事は何も覚えていないという。それじゃあ仕方ない、ちょうどいい機会なので今から一度関係者と会わせてみる事にしよう。
「少し移動するけど体調は大丈夫そう?」
「はい! おかげさまで身体はもう何ともありません。元気です!!」
「じゃあ二人ともバスに乗って貰って……守衛さんが取り計らってくれるらしいから一度門の所まで移動しましょう」
前回バスに乗った時は意識が朦朧としていて周りの状況など分かっていなかったクラちゃんは、バスに乗った途端、驚きと共に、皆と同じくフカフカの椅子へ感動していた。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
久しぶりに聞いた気がするミスズのこの掛け声と共に俺はアクセルを踏み込んだ。もう既に日は完全に落ちてしまい、辺りは暗くなって通行人もまばら。
そのおかげで王都の門まではすぐに到着する事ができた。クラちゃんはもっと乗っていたかったみたいだけど、ちょっと一緒に来て貰うよ。
「こんばんわー」
「おう兄ちゃん戻ってきたか。それでお嬢ちゃんの様子はどうだった?」
「……こんにちは」
俺の後ろから恐る恐る顔をのぞかせたクラちゃんが守衛さんに挨拶をする。
「彼女が記憶を失っているクラちゃんです」
まさか一緒に来ているとは思っていなかったのか、一瞬慌てた様子を見せた守衛さんだったが、まだ記憶が戻っていないという話を聞くと、直ぐに王宮へと取り次いでくれる事になった。