異世界に来てしまった原因(3)
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ムツキ…ハラジク領から来ていた雑貨屋の娘
ネネ…シュウが住む黒猫亭のオーナー
忘れ物でもしたのかと思った俺はバスをゆっくりと路肩へ停車させた。「これ、私のお店から無くなったスパイスケース、何でこんなところに!?」
俺が運転席から立ち上がってネネさんの元へ行くと、そこには見覚えのある猫のスパイスケースがあった。
「この猫のスパイスケースって……」
それはまだ俺が日本にいた頃、異世界に来る二~三日前の事だった。バイト先のカレー屋で、ネネさんにそっくりなオーナーが「いい物が見つかった」と言ってどっからか仕入れて来た物だ。
そして今ネネさんが座っている席は、ちょうど俺がこの世界に来た時に座っていた席。
もしかするとバイト中に俺のポケットかバッグへ入った事に気付かず、うっかり持って来てしまい、椅子の隙間に落としてしまったのかもしれない。
ネネさんが言った「私のお店から無くなった」という言葉はやや気になったが、俺はそこまで気に留めず説明した。
「このスパイスケース、俺が昔働いていたお店のオーナーが買って来た物なんです。うっかり俺が持ってきちゃってそこに落としたのかも知れません」
「でもこれ、私が前に仕入れて……ほら前に話したでしょ店内が荒らされた事件があったって。これ、その時に無くなっちゃった物とそっくりなの」
「盗まれたって事ですか……?」
「分からないけど」
「まあ、俺には必要ないんでネネさんにあげますよ」
特に思い入れも無いので別に問題無かったが、時系列で考えると、ネネさんのお店が荒らされ猫のスパイス入れが消えた後、それと全く同じ物を日本のネネさんにそっくりのオーナーが仕入れて来て、それをうっかり持ち出した俺が異世界に来てしまった。
この妙な繋がりが俺はどうも気になって仕方が無かったが、ハラジク領までは四時間のみちのり。運転しながら考えようと俺は運転席に戻ってバスを発車させた。
それからは適度に魔物と遭遇しつつもバスのおかげで何事も無く、ハラジク領のすぐ近くまでやって来た。
「やっぱり凄いねバスは、馬車なら今頃門を抜けてちょっと行ったぐらいなのに」
ネネさんが感動する声と共にムツキのあーもう終わりかという残念そうな声が聞こえて来た。どうやら彼女にとっては小さな旅行のような感覚だったらしく名残惜しさもあったらしい。
「ムツキの雑貨屋の近くにバス停められる場所ある?」
「ありますよ、道案内しますからお店の裏に停めて下さい!」
今回も領主様の所にお世話になる事になるかと思っていたが、ムツキの道案内で到着したお店の裏側の敷地というのは予想以上に広くバスを止めるには十分だった。
「着いたー!」
「着いたね」
うーんと伸びをした俺はバスのドアを開けて先に降りた。その後に続いてムツキ・ネネさんも降りて来る。
そしてふと振り返った俺の目に飛び込んできたのは衝撃的な光景だった。
今まで乗って来た筈のそのバスは、至る所が凹み、バンパーは外れ、タイヤはパンクしている。ほぼ全てのガラスが割れて、車体には多くの傷や泥が付着し茶色く錆びていた。
それはまるで廃車になった後、長年に渡り雨風にさらされたバスのようで、とてもエンジンがかかり動くようには見えない。
「な……なんで……これは一体……」
俺があっけにとられる中、更に驚いていたのが一緒に乗って来た二人だった。すぐに俺はバスの中へ駆け込みエンジンをかけようとしてみるが、鍵穴が錆びているのか鍵自体がうまく入ってくれない。