異世界に来てしまった原因(2)
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ムツキ…ハラジク領から来ていた雑貨屋の娘
ネネ…シュウが住む黒猫亭のオーナー
翌朝、まだ外が暗いうちからネネさんは店にやって来て旅の準備を始めていた。 本日休業という看板を表に出し、仕入れのための資金を準備して、武器は……いらない。防具は……いらない。食料は……いらない。着替えは……いらない。そして野営道具は……やっぱりいらない。
しばらくして彼女は気付いてしまった。
馬車で行く片道六日間ならともかく、バスを使って日帰りで行く以上、準備する事なんてほぼ無いという事に。
仕方が無いので車内で食べられるようにと軽食を作った彼女だったが、手持無沙汰から早々に俺とムツキは起こされる事になり、まだ夜も明けきらないうちに王都を出発する事となった。
「ごめんね、ちょっと早く起こしすぎちゃって」
「荷物は全部積み込みました。私もう眠くって眠くって……ちょっと寝かせて下さい」
ムツキは来る時に持ってきた荷物に加え、王都滞在中にも色々と荷物を増やしている。全てを積みバスへ乗り込むとそのまますぐに寝てしまった。
「ではハラジク領の街へ向けて出発します」
まだ薄暗い王都の道は誰も歩いておらず、バスはいつもよりスピードを出して走行する事ができる。
通常ニ〇分はかかる所を、約半分の時間で王都の門まで到着した俺たちにいつもの門兵が話しかけて来た。
「今日はまた随分と早いんだな」
「はい、これからハラジク領まで行く予定なので」
「それはご苦労なこった。そういえばこの間のお嬢ちゃんはどうなった?」
「おかげさまで意識を取り戻して元気になったんですが……どうも記憶を失っているようで」
「記憶ね……」
「クラって名前らしいんですけど、門を通った人の記録とか、何か心当たりありませんかね」
王都の門を通る時は、意識を失っているなどの例外を除き、通行証を提示するか、名前と居住場所を申告する必要がある。その為、名前が分かれば過去に門を通った人の記録からおおよその身元も分かるのではないかと思い、門兵にも聞いてみた。
「うーん……クラ、クラ……まさかねえ。いや心当たりが無い訳じゃないけど……ちょっと調べておくよ」
「ありがとうございます、今日は夕方には戻ると思いますので」
今回は通行証を持たないムツキが居るので、門を通過する為に彼女の署名が必要になる。いびきをかいて寝ている所を申し訳ないが、一度起こして手続きをして貰わなければいけない。
「ムツキー、朝だよ」
この後、とても不機嫌になったムツキを乗せたバスは、だんだんと明るくなってきた森の中を疾走した。
「やっぱりバスって快適ねー。馬車の旅とは比べ物にならないわ」
「そういえばネネさん、長距離乗った事ありませんでしたもんね」
ネネさんがバスに乗るのはこれが初めてではない。王都内のちょっとした移動の時に乗った事はあり、その時に一通りバスの設備や快適さについては感動していたが、やはり長距離で乗ると違った感動があるらしい。
「この足を延ばせるフカフカの椅子と、なにより揺れないのが最高よね……って、あー!!!」
満足げな様子のネネさんだったが、突然大きな声をあげた。
「どうしたんですか!?」