異世界に来てしまった原因(1)
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ムツキ…ハラジク領から来ていた雑貨屋の娘
ネネ…シュウが住む黒猫亭のオーナー
ミスズ…シュウといつも一緒にいる商家の娘
クラ…森で保護された記憶を失っている少女
「まあでも元気そうだし、記憶もそのうち戻るんじゃない」
特に記憶を失っている事以外は気になる事も無いし、記憶喪失なんて漫画やドラマでしか見た事が無い俺は、どうせそのうち思い出すよと大して深刻に考えていなかった。
しかし記憶がないと言っている以上、彼女を放り出す訳にも行かない事は分かっている。ちょうどネネさんが買い付けに行きたいと言っていた事もあって、一つ案を思いついた俺はこう切り出した。
「クラちゃんの事とも関係すると言えばするんだけど、ネネさんがそろそろハラジクの街へ買い付けに行きたいんだって。ムツキはどうする?」
そもそもムツキは、バスに乗ってみたいと勝手に王都まで付いて来ただけなので、必ずしも今回のバスに乗って帰らなければいけないという事はない。
「うん、クラちゃんも目が覚めたみたいだし私も一緒に帰るよ」
帰るのを渋るかと思っていたムツキが意外とあっさり帰宅を承諾した事に俺は少し驚いていた。
いくら自由にできるとは言え、かなりの日数、自分の雑貨屋を閉めたままにしているので、もしかするとお店の心配もあったのかもしれない。
「それなら、ムツキが帰った後、あの部屋をクラちゃんにそのまま使って貰うとか?」
「私は別に構わないわよ、お店の夜間警備員は多い方が嬉しいし」
黒猫亭の二階には部屋が二つあり、今は俺とムツキが一部屋づつ使っている。ムツキの為に物置になっていた部屋を綺麗に掃除して寝具を揃えてくれたネネさんの苦労を思えば、そのまま使ってあげるのも良いんじゃないだろうか。
しかし、それに良く分からない理由で反対してきたのはミスズだった。
「隣の部屋に女の子が住むなんて、絶対だ・め・で・す!」
「いやでも今までムツキも住んでたし……」
「ムツキちゃんは本当は駄目だけど特別ですっ」
「でも俺の隣の部屋空くんだし……」
「じゃあ私が住みますっ!」
いやいや、と全員から突っ込みを受けたミスズは少し考えた後でこう切り返した。
「じゃあ私の屋敷でクラちゃんを預かりますよっ、屋敷なら使用人もいるからもしもの時も安心ですしね」
まあそれならと全員が納得し、クラちゃんはミスズの屋敷へと引っ越し。俺たち三人は、早速明日王都を出発してハラジクの街へと日帰りで買い付けへ行く事になった。
あの、ごちそうさまでした――
食べ終わった食器を持ってクラちゃんが上から降りて来た。顔色はすっかり良くなり、彼女は洗濯済みの自分の服へ着替えている。
「あっ、いいのに置いててくれたら」
「いいえ、美味しいお食事有難うございました。本当にお世話になりました。」
ネネさんが慌てて食器を受け取るとクラちゃんはそのままドアの方へと向かって歩き出した。長居するのも申し訳ないと思ったのか、立ち去ろうとしている様子だった。
「クラちゃんどこ行くの?」
「分かりません……けどこれ以上お世話になるのも申し訳ないですし、暫くしたら思い出せるかもしれませんので」
ああやっぱりと全員で顔を見合わせた後、ミスズが話しかけた。
「私はミスズって言います。行く所が無いんだったら私の屋敷にどうぞ、ここからすぐだから」
「えっ、でもご迷惑では……」
「大丈夫ですよ、空いている部屋ならありますから。記憶が戻るまでの間使て下さい」
「ありがとうございます皆さん、そしてしばらくお世話になりますミスズさん」
安心したからなのか少し涙目になった彼女は深々と礼をしてミスズと一緒に屋敷へと戻って行った。