帰れなくなったムツキ(3)
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ムツキ…ハラジク領から来ていた雑貨屋の娘
ネネ…シュウが住む黒猫亭のオーナー
赤耳ウサギ…幻覚を見せ、その間に生命力を吸い取る恐ろしい魔物
桃耳ウサギ…王都でペットとして人気な普通のうさぎ
「そういう事だったのか……俺はてっきりムツキが桃耳ウサギと間違えて赤耳ウサギにちょっかいを出したのかと」
「えっ」
「そして催眠にかけられて生命力を吸われて……」
「桃耳と赤耳ぐらい誰でも区別つきますよ、そんなのただの馬鹿じゃないですか!」
うっ……
痛い所を突かれた俺は何も言い返せなくなってしまった。
「その子は赤耳ウサギの幻覚にかかってるって事はないの?」
もしこれが赤耳ウサギの幻覚によるものであれば、俺はその幻覚の解き方を知っていた。俺が通りすがりのハンターに助けられた時と同様、大きな声で呼びかけながら強く揺すれば目を覚ますかもしれない。
「うーん分かんないけど……」
念の為にと俺は少女を揺すりながら大きな声で呼びかけてみた。少女の顔がややピクッと動き、小さな反応はあったものの意識を取り戻す様子はなかった。
「もう暗くなってきたからひとまず王都へ戻ろう」
完全に日が落ちるとバスでも走り辛くなってしまう。まずはこの子を安全な王都まで運ばないといけない。ムツキに協力して貰い少女をバスまで運んだ俺たちは王都を目指し急いで発車させた。
少女はバスの中でもぐったり意識を失ったまま。あれから時々顔がぴくっと動く事から、もしかすると徐々に催眠が解けつつあるのかもしれないが、今はまだ何とも言えない。
「おう、兄ちゃん戻ったか」
王都の門へ着いた所でさっきの門兵が声をかけて来た。
「はい探していた少女は見つかったんですが、もう一人意識を失っている少女が一緒で……」
状況を察した門兵は、これ以上のおしゃべりは御法度とばかりに素早く手続きを行いバスを通してくれた。王都まで連れて来たは良いけど、もう既に薬屋は閉まっており、この世界に病院という物は無い。
この後この娘をどうすれば良いか悩んだ俺たちは、ひとまずムツキの部屋へと連れて帰り、明日もまだ意識を取り戻さなければ薬屋へ行って相談してみようという事になった。
≪ガラガラガッシャン≫
バスを止めた場所から少女をおんぶし、俺たちは急いで黒猫亭へと帰って来た。相変わらず激しい音を出すドアベルのお陰でネネさんもこちらに気づき近寄って来る。
「ムツキちゃん無事だったんだね、良かった」
「ご心配おかけしました。私は大丈夫だけどこの女の子が……」
「えっ、その子どうしたの? 寝てる……訳じゃないよね」
「はい、理由はまだ分からないんですけど森の中で意識を失っていて……ひとまず連れて帰って来たんです」
「なるほどね……」
彼女が意識を取り戻したら食事でも作ってあげるからとネネさんは言い、今夜は一晩ムツキが自分の部屋で看病をして様子を見ることになった。