帰れなくなったムツキ(2)
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ムツキ…ハラジク領から来ていた雑貨屋の娘
赤耳ウサギ…幻覚を見せ、その間に生命力を吸い取る恐ろしい魔物
桃耳ウサギ…王都でペットとして人気な普通のうさぎ
「ムツキー」
≪ブァーン≫
王都への帰り道、俺は更にゆっくりとバスを走らせ、窓からムツキの名前を呼んだり時々クラクションを鳴らしたりしてみた。もうそろそろ日も傾き始め、このままだとより一層探すのが困難になってしまう。
「ミスズも連れて来ればよかったかなー」
どうせムツキの事だし、そのあたりで野営しながら俺のスーツケースの時みたいな面白い物でも落ちて無いか探している……そんな所じゃないだろうか。
大して深刻に考えていない俺は暇つぶし相手を連れて来なかった事をやや後悔していた。
そして、王都の門までもうあと少しという所まで戻ってきた時、バスの前へ飛び出してきた魔物がいた。とても小さな魔物で一見脅威がなさそうに見えるそれはあの赤耳ウサギだった。
「あっ、お前は確かこの前の……」
俺とミスズは以前この魔物と遭遇していた。二人揃って変な幻覚を見せられ、あやうく生命力を全て吸い取られてしまう所だったっけ……。
そして何より俺が注目したのはうさぎの後ろ足に引っかかる見覚えのある帽子。
「あれって確かムツキの帽子?」
これはもしかすると非常にまずいかもしれない。もしムツキが森の中でこの赤耳ウサギに遭遇していたとすれば、幻覚を見せられ生命力を吸い取られてしまったかも……。
赤耳ウサギがここにいる以上、既に生命力は吸い尽くされてしまっている可能性は高いが、俺は周辺を捜索してみる事にした。
「おーい、ムツキー」
バスから降りて辺りの茂みをガサガサかき分けると、少し奥の方へ開けた場所があった。
そしてそこには、日頃からムツキが良く着ている服と同じ服を着た少女が倒れていた。辺りには焚火をした跡があったので、ここで野営をしていた時に赤耳ウサギへ襲われてしまったのだろう。
「ムツキ!?」
慌てて駆け寄った俺だったが、ゆすりながら呼びかけても全く反応が無い。
「おい、ムツキしっかりしろ。すぐに調薬師の所へ連れて行ってやるからな!」
俺はバスへ運ぼうと急いでその少女を抱き起した。
「……誰?」
いや、倒れている以上は誰であっても助けなければいけないが、なぜ見覚えのない少女がムツキの服を着ているのだろう……。まさか化粧を落とすとこんな顔だったとか!? いや、さすがにそれは無いか。
そんな事を考えていると、近くの茂みがガサガサと動いた。
これは非常にまずい、とっさの事で武器はバスに置いて来てしまって今の俺は丸腰……そもそも魔物との戦闘経験が無いので武器があったとしても勝てる気がしない。
一瞬パニックになった俺がその場を動けないでいると茂みから出て来た魔物が声をかけて来た。
「あれ、シュウさんじゃないですか。私を探しに来てくれたんですか?」
聞き覚えのある声に振り返るとそこに立っていたのはムツキだった。
「え、ムツキ……死んだんじゃ?」
「えっ、私死んじゃったんですか!?」
「え、だって赤耳ウサギに……」
「えっ、赤耳はあまり高く売れませんよ」
一通り良く分からない会話を済ませた後で話を聞くと、どうやらムツキは本当に山菜を探す為に森へ入ったらしい。
そして、夕方になったのでそろそろ帰ろうかと言う頃、ムツキは桃耳ウサギを見つけた。桃耳ウサギは王都でペットとしての人気も高く、捕獲できれば良いお小遣いになる。
魔物としての脅威はほぼ無いので、折角だからとウサギの後をつけて行くと、そこで倒れる少女を偶然見つけたという。
その少女は意識が朦朧としており、すぐに王都へ連れて帰ってあげたかったが、馬にも乗らず一人で歩いて来たムツキに人を運ぶなんて事は到底無理だった。
見捨てる訳にも行かないし、助けを呼びに行っている間に魔物が来て襲われてしまうかもしれない。そこで仕方なく火を焚き、この場所でその少女を看病していたという。