帰れなくなったムツキ(1)
【今回の登場人物】
『シュウ』…バスと一緒に転移した主人公
『ネネ』…シュウが住む黒猫亭のオーナー
『ムツキ』…ハラジク領から来ていた雑貨屋の娘
≪ガラガラガラン≫
王都へと無事帰って来た俺は、いくつものドアベルが付けられた黒猫亭のドアをくぐり、借りている二階の部屋へ戻ろうとした……所をちょうどネネさんに捕まった。
「シュウ君……ムツキちゃんが森に出かけたまま帰って来てないんだけど知らない?」
ムツキちゃんと言えば、この間ハラジク領へ行った時に俺のスーツケースを森で見つけて売っていた雑貨屋の少女だ。バスに興味があると一緒についてきて、黒猫亭の二階へ俺と一緒に居候している。
もちろん部屋は別だけど、お手洗いなどは共有の小さな二階。それを知ったミスズは何故かとても不機嫌そうだった。
「森にって言っても王都周辺なら安全ですし、そのうち帰って来るんじゃないですか?」
「それが出発したのが昨日なのよ。さすがに一日経っちゃうとね」
「それは確かに……」
「西側の森へ行くって言ってたから、帰りに会ってないかなって思って」
「道沿いには誰も居なかったと思いますけど、後で探しに行ってみます」
王都周辺の森はそんなに複雑ではないので、森の奥に入っていない限り道に迷うという事はないだろう。しかし森の奥に入っていれば見つけるのは……。一度部屋に戻って荷物を置いた俺は、黒猫亭でお昼ご飯を食べた後、ムツキちゃんを探しに行く事にした。
「西側の森へ何しに行くとかって言ってましたか?」
「ん~……理由までは聞かなかったな」
「そうですか……じゃあひとまず西側の森を道沿いに探してみますね」
俺は万が一に備えてネネさんに少し多めに食料を用意して貰い、それを持って再びバスに乗り込んだ。まだお昼過ぎで時間にも余裕はあるが、暗くなってしまうと探す事もままならない。少女の足で移動できる範囲は限られていると思うので、王都周辺の森を中心に探してみよう。
バスを走らせ西側の門まで到着した所で、門番の兵が出て来た。
この門は王都へ出入りする度に利用しており、時々、兵の人達にお土産をあげていたので俺の事は完全に覚えられている。
「あれ? どうしたんだ」
さっき王都へ戻って来たばかりの俺が再び門から出ようとしていたのを不思議に思ったのだろうか、兵の一人が声をかけて来た。
「知り合いの少女が昨日から森に出たまま戻ってなくて……昨日のお昼過ぎにこの門から一人で出て行った少女って見てませんか?」
「ああ、いたいた。俺達も不思議に思っていたんだけど、近くで山菜取るだけだって言うからそんな危険も無いだろうって送り出したんだよ」
「それからまだ彼女は……?」
「昨日からずっと勤務してるけど、そう言えば戻ってないな」
やはり森に行ったのは間違いないらしいが、彼女は何をしに行ったんだろう……山菜目的とは到底思えないし。そして魔物について聞くと、やはりこの近くは強い魔物が出るという事も無く、比較的安全な地帯なのだそう。
「その子を探しに行ってみます」
「そうか、気をつけてな」
門兵に見送られ、俺はゆっくりとアクセルを踏んだ。さすがに門が見えている範囲で迷子になるとは思えないので、少し進んだ所から道の両端にも注意して進む事にした。
「ムツキいないなー……」
もう一時間以上も探しているけど、やはり道沿いには居ない。
俺はこの辺りで一度折り返し、王都の方へ戻りながらもう一度注意深く探していくことにした。