畑を荒らす魔物の正体(1)~焦ったミスズ~
ミスズは朝ごはんを食べ終わるなり調理係を呼び出した。
この日はお昼からフルーテ領へと出発する予定があるので、それまでに何としても終わらせねばいけない。
「お嬢様、ご朝食に何か問題がありましたでしょうか」
料理人が食後に呼び出される時は悪い話である事が多く表情にも緊張が伺える。
しかし今回のミスズの目的は他にあった。
「クッキーの作り方を教えて下さいませんか?」
「クッキーですか?」
ハラジク領で出会い、一時的に王都へ滞在しているムツキちゃんは黒猫亭の二階でシュウ君と一緒に住んでいる。
フルーテ領主の娘、レンナちゃんが作ったドライフルーツのクッキーをシュウ君はとても気に入っていた。
レイク村にある宿屋の姉妹は……うん、特に何も無いか。
「どなたかにプレゼントされるのですか?」
「そ……そうですっ」
やや焦りを感じていたミスズは、かわいいエプロンも買った事だしここらで少し家庭的な所を見せつけてやろうと思っていた。
「あ、砂糖は必要ありません、甘くない方が良いみたいなので」
日頃の様子を見ているとケーキやスイーツ類はそこまで好きじゃないみたいだし、この間レンナさんが持ってきたクッキーも甘さ控えめだった。
ならばきっと甘くない方が良いに違いないっ。
立場上強く言う事の出来ない調理係はミスズに従い、こうして全く甘くないクッキーのような物ができあがった。
「こんにちはシュウ君っ! 今日も良い天気ですねっ!」
「そう? 雨降りそうだから早めに出発しようと思っていたんだけど」
道が舗装されていないこの世界では雨が降ると地面がぬかるみ、馬車はもちろんバスであってもまともに走れなくなってしまう。
ロードサービスなど存在しないこの世界でバスが立ち往生してしまうと非常にまずい。
でもミスズがそう言うならこの季節はこんな天気なんだろう。
今日は明るいうちにフルーテの街まで移動し、夜はバスを使って周辺の畑を荒らすという謎の生物の正体を突き止めなければいけない。
「じゃあ、準備もできたしそろそろ出発しようか」
「そうですねっ」
「そういえばレンナさんが夜食用にフルーツとお菓子を用意してくれるって言ってたっけ」
「それなら期待してて下さいっ! 私が究極の夜食を作ってきましたから」
「えっ、ミスズって料理できたの!?」
「勿論! そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫ですっ、料理の事なら私に任せて下さいっ!」
ああ……いつものその決め台詞さえ無ければちょっとは期待できたのに。酷く不安に駆られた俺はいつもより強めにアクセルを踏み込んだ。
「あわわわわわっ」
王都の門を抜け、バスは順調に進んでいく。
「そういえばこの辺りじゃなかったっけ」
「何がですか?」
「誰かが桃耳ウサギと間違って変な魔物を捕まえてきた場所」
「もうその話はやめて下さいっ」
フルーテ領へ行くにはレイク村へ行く時と同じ道を通らなければいけない。
先日のウサギの事件によってミスズは桃耳ウサギをペットにする事を諦め、今は見たくも無いらしい。
この調子で行けば昼の終わりの鐘が鳴る頃にはフルーテ領へと着けそうだ。
作中に登場する桃耳ウサギのお話は「第32・33部分新鮮な魚の運搬」で登場しています。