新鮮な魚の運搬(2)~ウサギに注意~
「こんにちは、お願いしてあった魚を取りに来ました」
「いらっしゃい、最高のやつが用意できてるよ」
電気などなく氷も作れないこの世界では夏になると保冷手段が無くなってしまう。
その為、例え数時間とは言え魚が傷むのを防ぐ為、水を張った樽を使って生きたままの状態で王都まで運ぶ約束になっている。
馬車ではできない荒業だが、大型バスであれば水をこぼさないようにさえ気を配れば、少々の重量なら何の問題も無い。
次々と積み込まれる魚の様子を興味津々にのぞき込むミスズと魔物のうさぎ。
無事に魚を受け取った俺たちはミツカとヨツカの宿へとバスを移動させ、以前湖に落ちた時に借りていたメイド服を返却した。
「じゃあ帰ろうか」
「……せっかく来たんだし、ちょっとだけ湖で遊んでいきませんか?」
時間はまだ十一時、パーティーは夕方からだし少しぐらいなら大丈夫だろう。
そう考えた俺たちは、ミツカの宿でお弁当を用意してもらい湖でちょっと早いお昼ご飯にする事にした。
「わあ、やっぱりピクニックは最高ですねっ」
「今度は湖に落ちるなよ」
「落ちませんよっ!」
うさぎの『もこ』は砂浜をぴょこぴょこ走っている。
その時、一瞬湖の遠くの方から男の声が聞こえたような気がした。
「今遠くの方で男の叫び声のような……何か声が聞こえないか?」
「私には分かりませんけど、何かあったのでしょうか……」
―― …… ぉぃ おい! しっかりしろ大丈夫か! ――
その声はだんだんと大きくなり、俺は意識を取り戻した。
「おい、目を覚ましたぞ! 水を飲ませてやれ」
俺がゆっくりと起き上がると、別の男性が俺に水の入ったコップを差し出した。
しかし、隣にはミスズも倒れており状況がまるで理解できない。
「大丈夫か!? 赤耳ウサギは俺たちが倒したからもう安心して良いぞ」
「赤耳ウサギ……?」
その男達に詳しく話を聞くと、俺とミスズは草むらで倒れており近くには赤耳ウサギと呼ばれる魔物が居たという。
この赤耳ウサギは、幻覚を見せて相手を無力化させ徐々に生命力を吸い取る、そこそこ高ランクに分類される魔物で、見た目が無害の桃耳ウサギと似ている事から特に注意すべき対象として王宮も警戒令を出しているらしい。
そして見事に間違えて赤耳ウサギを捕まえてしまった俺とミスズが、幻覚を見せられじわじわと生命力を吸われていた所をたまたま通りがかったハンターたちが助けてくれたのだ。
「わ、私だってお野菜ちゃんと食べますからっ」
意味不明の寝言の後、やっと意識を取り戻したミスズは今までの経緯を聞いて猛烈に反省した。
二人ともどうやら大して生命力は吸われていなかったらしく、健康状態に問題はない。
俺は助けてくれたハンター達にお礼を言いミスズとこれからの作戦会議をする事にした。
赤耳うさぎと遭遇したのは王都を出てから、まだそこまで離れていない場所だった筈である。
時刻はお昼の十二時。
夕方には魚を持ち帰る必要があるので、今から大急ぎで往復すればまだ間に合う可能性が少しは残っている。
「そうと決まれば……」
「しゅっぱーつ!」
「そういえば、ミスズはどんな夢見てたの?」
「……ひみつです」
「野菜嫌いなの?」
「き、嫌いじゃないですよ。でも……な、なんでそれを知っているんですか」
ここからレイク村までの道の状態はそう悪くはない。
しかし日本の道路と比べると雲泥の差がある路面状態の中、俺はアクセルを思いっきり踏み込み出来る限りの速度で走った。
「あわわわわわっ」
帰路は水入りの樽を乗せなければいけないので、運転もやや慎重に行う必要がある。
そうなれば無茶できるのは往路だけだ。
残念だけど今回はミツカとヨツカの宿へ寄る時間は無いので、メイド服の返却は諦めてもらうしかない。
何とか無事に魚を受け取り、時間ギリギリに依頼主の屋敷へ届ける事に成功した俺たちは、黒猫亭で夕食を食べながら今日の反省会を行った。