新鮮な魚の運搬(1)~話題のペット~
短編サブストーリーとして投稿しようとしていた物に加筆したお話しです。
「おはようございますシュウ君っ!」
「おはよう、ミスズは今日も元気だね」
「当然ですっ、今日は隣町までお魚を取りに行くんですからっ」
それは一週間前の出来事だった。
≪ シュウくんー お客さんだよー!! ≫
俺が部屋でのんびりしていると下の階からネネさんの叫び声が聞こえた。
急いで下へ降りると黒猫亭へやって来たそのお客というのは、バス体験ツアーに参加した貴族のうちの一人だった。
「実は来週貴族を集めたパーティーを行うのですが、その時に新鮮な魚を使った料理をふるまいたいのです。
しかし海や湖の無いこの王都で新鮮な魚を手に入れる事のは非常に困難な事。そこで、当日レイク村から魚を運んで頂く事はできませんか?」
「レイク村からですか?」
「はい、夕方までに私の屋敷へ届けて頂ければ問題ありません。お礼は魚代とは別に金貨十枚で如何でしょう」
「金貨十枚ですか……分かりました、お受けしましょう」
護衛とは違い、一人で行って魚を受け取って来るだけで金貨十枚なんて美味しい仕事を逃す手はない。
後日どこからこの事を聞きつけたのか、借りていたメイド服を返さなければいけませんからっと結局ミスズも同行する事になった。
◇◇◇
「よし、じゃあそろそろ出発しようか」
バスへと乗り込み俺が運転席へと座るとミスズは定位置である隣の補助座席へと腰かける。
「しゅっぱーつ!」
王都の門を抜けると、レイク村までは広く踏み固められた道が続いており、この辺りは強い魔物が出現する事もあまり無い為、安全に走行する事ができる。
俺はアクセルをゆっくりと踏み込んだ。
「よし、この調子なら予定通りに着けそうだ」
俺がそんな事を考えていると、しばらく走った所でミスズが唐突に叫んだ。
「あっ! シュウ君止まってくださいっ!」
「えっ!」
言われるがままにブレーキをかけ、バスが止まると同時にミスズは慌てて森の中へと入って行った。
しばらく見ていると奥の草むらを行ったり来たり、何やらゴソゴソしている。
「シュウ君ちょっと手伝ってくださいっ」
状況を理解できないまま駆り出された俺は、ミスズから指示された場所で木を叩いて音をたてる。
「えいっ!」
そして何かを捕まえたミスズはご満悦な顔でそれを抱きかかえて戻って来た。
「ウサギ?」
「はい、桃耳ウサギという魔物です」
「魔物!? そんなもの捕まえて大丈夫なの!?」
ミスズが言うには、五~六歳の子供が初めて魔物を倒す時の練習用にも使われる極めて危険性の低い魔物で最近はペットとしても人気なんだとか。
「ずっと欲しかったんですけど、お父様が危険だからって森へ入らせてくれなくて……」
「危険性が低いって言っても魔物でしょ……その、襲ってきたりしないの?」
「う~ん……怒らせるような事をしたら噛む事もあるかもしれませんけど……」
「えっ、やっぱり危険だって! 毒とかは無いの?」
「毒なんてありませんよ、ウサギですから」
ミスズの説明を聞いていて思ったけど、魔物の要素はどこにあるのだろう……それはもはやただのウサギでは無いだろうか。
魔物に『もこ』と名付けたミスズは、バスへ持ち込み膝の上でもこを撫でている。
「どうしたんですか? 早く出発しないと遅れちゃいますよ」
まあ害は無さそうだけど……それにしてもあの魔物はバスに乗っても平気なのだろうか。
エンジンはかかっているのに魔物の生命力が吸い取られている様子は無く元気にしている。
ミスズに抱っこされていてバスに直接触れていないからか?
「しゅっぱーつ!」
王都を出発してから2時間半ほどたった頃、ようやく街が見えて来た。
この街は王都のように警備が厳しくなく、門や警備兵なども存在しない。
あとはこの街の店で魚を受け取って王都に戻れば依頼は完了だ、今回の依頼は簡単だったな。