王都への旅路(1)
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ミスズ…王都にある商家の娘
――こうして俺は、転生特典はおろかチュートリアルさえ受ける事も出来ずバスと一緒にこの世界へといきなり放り出されてしまった。
いや、死んで無いから転生じゃないか……
まあ、身一つで異世界に……とかじゃなかっただけ良しとしよう。どうやらこのバスは俺の想像以上に堅牢なようだし、移動手段としてはもちろん宿泊場所としても使えるから何とかなるかもしれない。
でも今までの経緯をそのままミスズに話しても到底信じて貰えるとは思えないし……。
「うん……特にこの国に来たって訳じゃないんだ。たまたまこの国に迷い込んでしまったって言うか……そして場所も分からず困っていた時にさっきミスズ達と出会ったんだ」
「そうだったんですか……でも大丈夫です王都へ付いたら私の屋敷へ来て下さい。何か困った事があれば相談に乗りますし、宿が見つからなければ泊って頂いても構いませんのでっ!」
「えっ、本当に……それは助かるよ」
さすがにバスがあるとは言え、魔物がうろつくこの異世界で何の知識も無い状態と言うのは不安だったが、そう言って貰える人が居れば心強い。
ちょうどその時バスの後ろの方から護衛の三人と執事の会話が聞こえて来た。
「魔物の襲撃で食料を全て失てしまったし……今日は狩りをしないと食料が無いぞ」
「そうですな、明るいうちに狩りをして野営場所も確保しなければなりません」
そういえば昨日の夕方バイト先でまかないのカレーを食べたのが最後、それ以降は水も口にしていないのでお腹が空いてきた。お土産にと買ったお菓子はあるけどそれ以外に食料と呼べる物は無いし、水分に至っては一滴も持ち合わせていない。
「シュウくん……あ、シュウさん……は今まで食料はどうしていたんですか?」
「俺の事は “くん” でいいよ、気軽に呼んで」
「はいっ!」
「ちょうど食料や水も底をついてしまって……俺の方もあとは僅かな菓子が残っているだけっていう状態なんだ」
もちろん最初から食料の持ち合わせなんて無いけど、ここは話の辻褄を合わせる為にそう言っておいた方が良いだろう。
「そうだったんですか……」
全員にバスの前方の席へと移動して貰い、今後の計画について話し合いをした結果、どうやら状況は想像以上に深刻だという事が俺にも理解できた。
王都へ続く道の途中には川など水分補給のできる場所は存在せず、この辺りでは食用になる木の実や果実なども見た事が無いという。
という事はつまり、どこかで狩りをして獲物を仕留めないと今日の昼食はおろか夕食にもありつけない。しかも火を起こす道具すら無いので、早めに野営拠点を確保してあり合わせの道具で焚火を作る必要がある。
それがあと五日間も……俺一人じゃ絶対に生き延びれなかったな……良かった。そんな会話をしている中、突然ミスズが前方を指さしながら叫んだ。
「あっ、王都の門が見えてきましたよっ!」
「「「「「えッッ!!」」」」」
さっきまで食事の心配をしていた俺は一瞬どういう事か理解が出来なかったが、よくよく考えてみると休憩をしながら馬車が一日に進むのはせいぜい四〇km程度。
馬車で五日の距離なら二〇〇kmといった所だろうか。ざっくりと考えれば大阪⇔名古屋ぐらいの距離だ。
日本なら高速道路を走れば二時間で着く距離だが、いくら未舗装の荒れた道とは言え荷馬車が通れる程に整備されたまっすぐな道、バスの速度なら三時間ちょっとあれば着いてしまう。
冷静に考えれば分かりそうだが、五日の距離という先入観と異常な事続きでそこまで思考が回らなかった。
「まさかこんなに早く王都まで着いてしまうとは……」
ミスズをはじめ護衛や執事さん達もまさか昼前に着くなんて夢にも思っていなかったようで、距離と速度の計算ができる俺と違い驚きを隠せていない。
「このバスって乗り物はいったい……」
王都の門はしっかりと閉められており守衛と思われる兵が見える。どうやらこのまま通過という訳には行かなさそうだ。俺はバスのスピードを緩めて門へと近づいて行った。