バス体験ツアー(5)~ミスズのライバル~
≪カーン カーン カーン≫
昼の終わりを告げる鐘が街へと鳴り響き、ツアー参加者たちが続々とバスへ戻って来た。
「大きな荷物はこちらでお預かりしまーす」
予想通り多くの参加者は沢山の品物を買い込んでおり、馬車で運ぶには効率の悪い生鮮品や重量物なども多く見られる。
俺がマルセルさんを捕まえ、帰りは乗客が一人増える事とその経緯を説明していると噂の人物が荷物を抱えてやって来た。
「お待たせしました! うわっすっごい貴族ばっかり」
いきなり失礼な事を言い出すムツキに俺は一応忠告をしておく。
「今回の参加者は貴族の方も多いので車内では大人しくしてて下さいね」
「ちょっとそれ、まるで私が騒がしいみたいじゃないですか」
私だって淑女として……と何やらブツブツ言いながらバスに乗り込んだムツキだったが、席に座ると再び興奮した様子だった。
「シュウ君、あの方がムツキさんですか?」
「ああそうだよ、ミスズとそんなに歳も離れていないみたいだし仲良くしてあげて」
何やら考え深げな様子のミスズはバスに乗って早々ムツキと話し込んでいた。
「それでは全員揃いましたので、王都へ向けて出発したいと思います」
「わあ、動いた! 動いた! 馬がいないのに動いたっ!」
ゆっくりとアクセルを踏み込みバスを発車させると、運転席の真後ろの席でひときわ騒ぐ声が聞こえて来た。
「わっ、馬より早い! わあああ揺れた! 揺れた!」
俺は再び車内放送用のスイッチを入れる。
―― ムツキさん、もう少し静かにお願いします ――
バスは順調に走り続け、ハラジクを出発して二時間がたった頃だんだんと外が暗くなってきた。
「そろそろ外が暗くなってきましたので、夜道でも安全に走行できるよう照明を点灯します」
車内放送を切っ掛けに再び車内がざわつく。この世界では日が落ちたら野営をして夜明けを待つのが鉄則であり、夕暮れ後の移動など例え松明があったとしても絶対に行われない。
しかし、いくらライトを点けているとは言え、バスであっても暗くなると日中程スピードを出す事はできなくなってしまうのが難点だ。
それでもバスは順調に進み、帰路では魔物に遭遇する事も無くバスの時計が七時になろうかという所でラマノ商会の裏庭へと無事に到着した。
バスが停車し、ミスズが到着の案内を終えた所で車内からは拍手が沸き上がる。
「ありがとうシュウ君、今日は素晴らしい体験ができたよ」
バスを降りた貴族たちが次々に荷物を受け取っていき、最後に残ったのは彼女だった。
ミスズとムツキは道中すっかり仲良くなっていたようで親しげに話している。
「本当にもう着いちゃったの? ここ王都?」
「本当に王都ですよっ」
「そういえばミスズちゃん、この辺りで黒猫亭ってお店知りませんか?」
「えっ、黒猫亭?」
「ほら、さっき話した王都にいる知り合いですよ」
その会話を聞いていた俺の中で色々な事が繋がった。
ムツキの知り合いとは黒猫亭のネネさんの事で、ネネさんは月一回ぐらいの頻度で買い付けの旅に出ている。その買い付け先と言うのがムツキの雑貨屋だったのだ。
“帰りは知り合いの馬車に乗せてもらう”と彼女は言っていたので、それは必然的に帰りもこのバスに乗る事を意味する。
「ええー! シュウさんって黒猫亭に住んでるんですか!?」
全てを理解したムツキは驚き、ミスズはなぜか焦っている。
「私も黒猫亭まで一緒に行きますっ!」
バスに忘れ物が無い事を確認し、どうしても付いて来るというミスズと共に三人で黒猫亭へと向かった。
≪ガラガラガッシャーン≫
いつものドアベルを鳴らしお店に入ると、ちょうどネネさんが後片付けをしている。
「あらっ、えっムツキちゃん!? どうして王都にいるの?」
「ネネさーーん この人に連れて来られたのー!」
あらぬ容疑をかけられた俺をネネさんがギロッとにらむ。
その後事情を理解したネネさんによって、お店の二階にあるもう一つの空き部屋がムツキに割り当てられた。
それはつまり月末にハラジク領へ買い付けに行くまでの間、ムツキと隣同士の部屋で生活する事になる。
「今日はもう休むよ、おやすみ」
長旅で着かれていた俺は早めに就寝しようと部屋に戻った。
「これは……大変な事になってしまいましたっ……」
ミスズは焦っていた。
運命の相手が現れるという例のケーキを食べた直後に俺が女の子と出会い、そして短期間とは言え同じ場所へ住む事になったという事に。
「よしっ」