バス体験ツアー(4)~雑貨屋の少女~
「お、俺のスーツケース!?」
お気に入りのシールを貼ってカスタマイズした自分のスーツケースを見間違う筈も無い。そこにあったのは正真正銘、俺が高速バスへ乗る時に預けたスーツケースだったのだ。
「いらっしゃいませ」
店の奥から赤褐色の髪をショートカットにした店員らしき女の子が出て来た。
「い、いや、これって……」
「あっお客さんお目が高いですね、それは最近入荷したこのハラジクでも珍しい一点物ですよ」
「このスーツケースはどこで手に入れたんですか!?」
「ん……これですか? これは数日前にハンターが森の中で見つけたって言って売りに来ましたけど」
森の中……という事は預けたスーツケースはちゃんとバスに積み込まれており、俺と一緒にこの世界へと転移していた事は間違いないようだ。
しかし、俺が初めてバスのトランクルームを開けたのはミスズの屋敷へ着いてからだった……それまでは確かに閉まっていた筈なのに一体いつ落ちたんだろう。
それにスーツケースの中身は空っぽで中身はどこにも見当たらない。
「これは俺が森で無くした物なんです」
「お兄さんの? あっ、もしかして王都から珍しい乗り物に乗って来たっていう人?」
ムツキと名乗るその女の子は、王都から来たという旅人からバスの噂を聞いていたらしく以前から興味を持っていたという。
「少しだけバスを見せて貰えませんか? そしたらこのスーツケースはタダであげますから!」
バスを見せる程度なら何も問題はないし、どうせ買い戻そうと思っていたスーツケースを貰えるとなれば断る理由も無い。
俺は大喜びするムツキと一緒にスーツケースを引っ張りながらバスへと戻った。
「へーこれがバスなんだ……思っていたよりも大きい乗り物だけど、何頭の馬を使うんですか?」
「いや、バスを動かすのに生き物は使わないんだ」
「えっじゃあどうやって動かすんですか?」
「それは秘密」
「……ちょっとだけバスに乗せて下さいよ」
バスの中を見学した事で更に興味を持ってしまったらしい。
もちろん乗せてあげたい気持ちはあるが、ツアーの出発時間も近づいておりさすがにちょっと難しい。
「けち、スーツケースあげたじゃない!!」
「今日はこれから王都まで戻らないとダメなんだ……王都まで行くって言うんなら乗っても良いけど」
「ほんと!?」
領主様とその付き人が降りたので、帰りは二ヵ所空席になる事をマルセルさんに確認しており、彼女が王都まで乗せる事自体は問題ない、問題は無いが……。
「でも帰りの馬車や護衛とか、王都での宿泊先探しとかは自分でやって貰う事になるけど」
「大丈夫大丈夫、全然問題ないですよ」
「えええええー」
「王都には知り合いがいるんです。そして月末にはその知り合いがこっちに来る予定なので、その時一緒に乗せてもらって帰ろうかと」
「えええー……いや本当に大丈夫? お店とか」
「大丈夫ですって、じゃあ準備して来ますね」
「分かった……昼の終わりの鐘までには戻っておいでよ」
「はーい」
こうして、空いた二つの座席のうち一つが埋まった。