バス体験ツアー(3)~ミスズが行きたかったお店~
レッドベアの子供に遭遇して以降、バスは順調に走り予定通り……いや予定より少し早く到着する事ができた。
「まもなくハラジク領へ到着いたします」
その放送を聞いた車内の人々は再びざわつく。
通常なら六日かかる距離を一瞬とも呼べる時間で本当に移動してしまった事で、中には驚きを通り越して笑い出す乗客もいた。
「まさか本当にお昼前に着いてしまうとは」
「あっ、お父様もバスに乗るのは初めてでしたね」
そういえばマルセルさんも商会の敷地内以外で実際に走行するバスに乗るのは初めてだった。
無事にハラジク領に入ったバスは、マルセルさんの道案内でとある屋敷の裏庭へと入りそこで停車した。
許可は既に取ってあるらしく、今日一日はここへバスを止めていて良いらしい。
「皆様お疲れ様です、無事にハラジクの街へと到着いたしました。この後は自由行動とし、昼の終わりの鐘が鳴りましたら再びこの場所へお集まり下さい」
この国では日の出・日の入りを基準として、大まかにではあるが昼の終わりを告げる鐘が二時頃、夕刻の始まりの鐘が四時頃に街全体へと響き渡る。
「皆様が揃い次第出発しますが、夕刻の鐘が鳴っても戻られない場合、バスは先に出発しますのでくれぐれもご注意ください」
案内を聞き終えた人々が次々とバスから降り、自由行動へと移っていく。
恐らく多くの人が普段王都では買う事の出来ない物、または時間的な制約で持ち帰る事の出来ない食品などを買いに行ったのだろう。
そんな中、一組の貴族が声をかけて来た。
「シュウさん、とても素晴らしく快適な旅でした」
「そう言って頂けると有難いです」
その貴族は“ハラジク・ランゼル”と名乗った。
そう、つまりこの人こそがハラジク領の領主様であり、たまたま王都へ出向いていた時にこのバスツアーの存在を知って乗車を名乗り出たという。
その時、マルセルさんによって現地でバスを止めておく場所の提供を条件に座席確保の約束を受けたらしく、今回は片道だけの利用だという。
「もしこのハラジク領で困った事があれば何でも相談しにおいで」
「ありがとうございます」
俺がお礼を言うと、ランゼルさんは商談があるからとマルセルさんと一緒に屋敷の中へと消えて行った。
「私達もお昼ご飯を食べに行きましょうっ!」
最後に残った俺とミスズも休憩がてら食事をしに行く事になった。
「王都は飲食店が少ないけど、ここはどうなんだろう?」
「この街はお店が沢山ありますよっ! おすすめのお店がありますから一緒に行きましょう!」
「おすすめねぇ……」
「大丈夫、私に任せてくださいっ」
「できればお昼ご飯はケーキ以外の物が食べたいんだけど」
「えっ、あっ……大丈夫ですよ、普通のメニューもありますから」
人間とは学習する生き物だ。
片道四時間の運転をする以上、できるだけお昼ご飯はちゃんとした物を食べておきたい。
不安を抱きながらミスズ“おすすめ”のお店へ行くと、そこは喫茶店のような場所でちゃんと普通の食事メニューも揃っていた。
「このケーキがすっごく美味しいんですよっ。私なんてこの間二個も食べちゃいましたっ! しかも食べると運命の人に巡り合えるんですって!」
「それでミスズは運命の人と巡り合えたの?」
「えっ……それは……どうでしょう」
「二個目を食べたから効果が取り消されたんじゃない」
「そんな事はありませんっっ」
じゃあ今日は奇数個食べますから!っとなぜかミスズは少し怒り気味だった。
「うん、ジンクス抜きにしても美味しいねこれ。俺の国にあったスイーツに似ている気がする」
ミスズに勧められて食べた例のケーキは、とろっとろのフォンダンショコラに綿菓子を乗せたような物で、確かにこの世界の料理としては珍しく日本を思い出させる味の食べ物だった。
これで俺も運命の人に出会えるだろうか。
「あのっ、すみませーん!!」
ミスズが三度目の追加注文をしようとした所で俺は先に店を出てハラジクの街を散策する事にした。
街の中央にある大通りには様々なお店が軒を連ねており、確かに王都では見かけないような珍しい雑貨が多く販売されている。
「これはネネさんが好きそうだな……」
黒猫亭で販売されている雑貨もそういえばこんな感じの物だったはず。
もしかしてネネさんの月一回の買い付け先って……
そんな事を考えながら大通りを散策していた時、俺はとある一軒の雑貨屋の店先に並べられた“ある物”を偶然見つけてしまった。