王宮によるバス没収騒動(1)
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
マルセル…ミスズの父であり、ラマノ商会の経営者
ダラン…王宮からやって来たらしい貴族風の男
俺たちが王都へと戻って数日が経ったある日、マルセルさんが血相を変えて俺の借りている部屋へとやってきた。
「た、大変だシュウ君! 王宮の幹部たちがやってきてバスを献上しろと……」
「えっ」
とても堅牢で魔物も即座に無力化し、恐ろしい速度で移動する未知の乗り物。それが王宮のお膝元である王都へ入り、通行証の申請までされている事を知った上層部は動いた。
チャンスと思ったのか脅威と思ったのかは定かでは無いが、王宮という権力を使ってバスを取り上げようとやって来たのだ。
しかし予想以上にバスの噂が広まってしまった事から、強引に取り上げると王宮に対するイメージが悪化しかねない。そこで自主的な献上という建前を求めているらしい。
「そんな事できる訳無いじゃないですか!」
「分かっている、分かってはいるが今回は私にもどうにもできない……とにかく一度来て貰えないか?」
マルセルさんの話によると、やって来たのは確かに王宮の幹部で間違い無いが、彼らは現国王の事をあまり良く思っておらず、いささか対立関係にある派閥らしい。
なのでバスの献上は国王の命令ではなく、政権交代を狙うには十分過ぎる程の可能性を持つバスを何とか手に入れようと、独断でやっている可能性もゼロではないという事だった。
「分かりました、すぐに行きます」
最悪の場合はタイミングを見計らってバスに乗り他の国に逃げるか……。
恐らくバスの能力があれば突破ぐらいはできるだろう。ただそれは王都とこの王宮の支配下にある近隣の街には戻れないことを意味する。
「暑くなったら湖へ泳ぎに行こうってミスズと約束しちゃったしな……」
しかしだからと言ってみすみすバスを手放す訳にはいかない。唯一の救いは相手が馬車程度の知識しかない異世界人だという事。
この世界の仕組みもだいぶん分かってきたので、ここはひとつ大芝居でも打ってみるとするか。
「お待たせしました」
俺がバスの元へ駆けつけると、そこには数人の王宮幹部らしき人と付き人達が待っていた。
「君がこのバスの所有者、サクラギ・シュウかな? 話は聞いたと思うがこのバスを献上して貰いたい。もちろん断るような事は無いだろうがな」
「はい、私がサクラギ・シュウです。しかし何故このバスが必要なんでしょうか?」
「魔物への耐性があり高速移動ができるらしいな。王国の治安維持に利用したい」
「そういう事であれば仕方ありません」
「シュ、シュウくんいいのかね……」
マルセルさんは焦り気味にそう言うが、駄目と言っても手法を変えてこのバスを取り上げるつもりなのは言動から明白だった。
「王国の為にとなれば断る事は出来ません。しかし今まで大切に乗って来た物ですので、是非私自身で直接国王様にお会いして献上させて頂きたいのですが……」
「いやそれには及ばない、我々がここで引き受けよう」
俺がすんなりと献上に同意した事で幹部達はご機嫌だが、今ここで直ぐに引き渡すようにと迫られる。やはりマルセルさんが言っていたようにこれは国王様の指示ではなく単独での行為なのかもしれない。よし、ここからが本番だ。
「分かりました。魔物への強力な耐性や尋常ではない移動速度などからご推察かもしれませんが、このバスは単なる道具ではなく、私の国では "意思を持つ乗り物" と古くから考えられております。その為、主君の指示には従いますがそれ以外の者は動かす事すらできません」
ふむふむと真剣に聞いており、疑っている様子はない。
俺がデモンストレーションを兼ねてバスのドアの前に立ち『開け』と叫ぶと、まるで声に反応したかのようにバスのドアがプシューっと音を立てて開いた。
「バスを引き渡すに当たり、このバスと生を共にする主を引き継ぐ儀式を行う必要があります。一度引継ぎを行うと一ヶ月間は他の者に所有権を移す事はできませんが、どなたが新しい主になられますか?」
俺の問いかけに数人の幹部らしき男の中で一番高級そうな服を纏い髭を生やした、ダランという男が名乗りを上げた。
「では、私がバスの後ろに付いている緑の数字が書かれた板に触れますので、ダラン様はバスの前にある緑の板に触れて下さい」
「承知した」
当然、ナンバープレートに二人仲良く触れた所で何の意味も無いしバスに主君なんて関係ない。一ヶ月間戻せないというのも適当に作った嘘である。
「これで引継ぎは完了しました。念の為に確認してみましょう」
そういって俺はバスのドアの前に立ち今度は『閉まれ』と叫んだ。先程のようにドアが勝手に動く事は無く、続いてダランにも同じ事を行うよう促す。
「閉まれっ!」
ダランがそう叫んだ直後、バスのドアが『プシュー』と音を立てて閉まった。
「「「おおお」」」
その光景を見た幹部・付き人達からは驚きの歓声が上がり、当の本人も非常に満足そうな表情をしていた。