魔法のような物の存在
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ミスズ…王都にある商家の娘
マルセル…ミスズの父であり、ラマノ商会の経営者
フルーテ領を出発した俺達は昨日来た道を順調に走り、お昼前にレイク村との分岐点まで戻って来た。
出発前に見せて貰った地図によると、フルーテ領と王都は比較的近い距離にあるものの最短では行く事ができず、一度レイク村の方まで回り込む必要がある。
「昨日借りたメイド服着替えたの?」
「当たり前です! 私はああ言うフリフリなのは好きじゃないんですからっ!」
「悪くなかったと思うけどな……」
「えっ、そ……そうですか?」
ここから王都まではまだ二時間ほど。きっと心配しているだろうし、早くミスズを送り届けなければ……俺は更にアクセルを踏み込んだ。
「そういえば、この間マルセルさんが“古くからの言い伝えで魔法のような物の存在がある”って言ってたけど、何か知ってる?」
「もちろんですよっ」
ミスズの説明によるとこの国では猫が神様の使いとして崇められており、魔物と相反する正義の象徴になっているという。
その為王都では多くの猫が放し飼いにされており、どんな身分の者が乗る馬車でも猫の進路を遮る事はしない。そう言われてみれば、王都で運転中に何度かミスズの指示で猫待ちをした記憶がある。
「単にミスズが猫好きって訳じゃ無かったんだ」
「もちろん猫は好きですよ」
猫には神から与えられた力が宿っており、一定の条件が揃ったその時に力は解放され、とても説明のつかない現象が起こる。そんな言い伝えがあり、これがマルセルさんの言っていた魔法のような物らしい。
「治癒魔法で一瞬にして病気や怪我が!とかじゃないんだ……」
「そんな都合のいい事ある訳無いじゃないですかっ」
少しづつこの世界の事情は分かってきた。どうやら何でもありのファンタジー世界ではなく、意外と現実的で文明が遅れているだけの世界らしい。
魔物と言っても魔王がいる訳では無いし、火を噴いたり人型だったりという事も無く、食用にもなるし、ただの獰猛な野生動物みたいだ。
「あ、王都が見えてきましたよっ」
通行証を持つ俺たちは問題無く門をくぐる事ができ、王都内では注目を浴びながらミスズの屋敷へと向かった。
「ただいま戻りました」
ミスズを出迎えた使用人は慌てて主人であるマルセルさんを呼びに向かう。
「ミスズ、遅かったじゃないか……心配したぞ」
「ごめんなさい……ロンガンさんの娘さんと会い、病気で苦しんでいたので家まで送っていました」
道に迷っていた事は完全にもみ消すつもりらしい。ロンガンさんから預かった封書を手渡すと、それを読んだマルセルさんは顔つきが一変して上機嫌になった。
後から聞いた話によると、その手紙には娘を助けてくれた事への感謝と共に、今後ラマノ商会と優先的に取引をしたいという旨の内容が書かれていたという。