病人の搬送もお任せ下さい(2)
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ミスズ…王都にある商家の娘
レンナ…フルーテ領、領主の娘
ディル…フルーテ領、領主の側近
「レンナさん、本当に大丈夫ですか」
「ありがとうございます、ちょっと熱で頭がふらふらと……」
さっきまでは無理をしていたのか、食事が終わる頃になるとレンナさんはぐったりとしていた。
治癒魔法など存在しないこの世界では薬草に頼るしかないが、旅の途中では大した薬草も用意できず魔物に襲われるリスクからゆっくり休む事すらできない。
俺は側近のディルさんへ相談する事にした。
「ここからフルーテ領まではどの位ですか?」
「そうですね、だいたい二日程でしょう」
「フルーテ領まではずっとこのような広い道ですか?」
「ええ、もう少し行けば道幅も更に広くなり、馬車三台が余裕をもってすれ違える程の道幅になります」
二日という事はおおよそ八○km。道幅も問題なさそうだし路面状態が良ければ一時間ちょっとで着けそうだ。
「夜明けを待たずに今からフルーテ領へ行きましょう」
「お気持ちは大変有り難いですが、夜の移動は危険が多すぎてとてもじゃありませんが……」
ディルさんがそういうのも当然だが、こっちにはバスがある。医学も発達していないであろうこの世界では軽い風邪が命に関わる事もあるかもしれない。
説得の結果、馬車を置いていく訳には行かないとの事で、レンナさん、側近のディルさん、世話係のメイドさん、護衛のうち一人の合計四名がバスへ乗り、残りの護衛三名は馬車を引いて旅を継続するという事になった。
「シュウさん、ミスズちゃん、ありがとうございます」
「大丈夫、すぐにお家に着くからねっ」
今回は仲良くなったミスズがレンナさんの近くに座り、側近であるディルさんが運転席の横で道案内をしてくれる事になった。
「どうぞ宜しくお願いします」
「大丈夫です、お任せください」
アクセルをゆっくりと踏み込み発車する。路面状態は悪くないが、やはり夜という事もあって日中にようにスピードを出す事はできない。
「夜だというのにここまで道を明るく照らせるなんて……しかしこう明るいと魔物を呼び寄せてしまうのでは?」
今まで考えていなかったが、確かにその可能性はある。
「ですが、魔物よりバスの方が速いので、仮に集まってきても問題ではありません」
やはりバスは無敵だった。
「それにこのバスはキングボアの襲撃でも傷一つつかなかったのですから、何の心配もいりません」
俺が何気なく言ったその言葉で 再びバスの中の空気は凍りついた。
「キ、キングボアの襲撃……まさかそんな……」
「どこで! いつどこでキングボアと遭遇したんだ」
あ然とするディルさん、そしてそれ以上に焦った様子で護衛の一人が身を乗り出し問いかける。
ディルさんの話によると、キングボアとはオームボアが何らかの理由で突然変異し生まれる非常に脅威の高い魔物で、一匹現れると小さな村が一つ消滅すると言われる程らしい。
そんなキングボアが現れたとなれば狩りに出るハンターは激減し、街も防衛体制を整えなければいけない。
「いえ、あの、そのキングボアは倒しましたので大丈夫だと思います」
「「なにぃっ!」」
「そ、そのキングボアの死体は……」
「邪魔かなーと思って道の端に寄せておきましたけど」
それがあればあんた英雄だったんだぜーと護衛の男は呆れた顔で教えてくれた。その直後、街の入り口のような物が遠くに見えて来た。
「あれがフルーテの街ですか?」
「まさか、本当にこんな早く着くとは……」
心底驚いている様子のディルさんだったが、到着前に一つ大切な事を確認しておかなれければならない。
「あの……図々しいお願いなんですが、着いたら一晩泊めて頂くか、宿屋を紹介してもらえませんか」
領主の屋敷なんだから客間ぐらいあるだろうし、下心が無かったといえば嘘になる。しかし街に着いてから宿を探すとなると大変なのでせめて紹介だけでもして欲しい。
「そんな事は当然です、今夜はもう遅いので明日改めて領主様からお礼を」
「ありがとうございます、とても助かります」
何かあったのだろうか、もう遅い時間帯にも関わらず領主様の屋敷には慌ただしく出入りする人が何人もおり、街全体がざわついているように感じた。
「到着!」
警備から連絡を受け屋敷から出て来たメイド達によってレンナさんはそのまま寝室へと運ばれ、俺たちもフカフカのベッドへ。
「マルセルさん、心配してるだろうな……」
明日は早めにミスズを家まで送り届けよう。