病人の搬送もお任せ下さい(1)
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ミスズ…王都にある商家の娘
レンナ…フルーテ領、領主の娘
ディル…フルーテ領、領主の側近
「もうそろそろ王都の門が見えて来ても良い頃なんだけどな」
「そうですね、レイク村を出発して結構時間も経ちましたし」
そう、我々は道に迷った。
「どうしましょう……」
カーナビが使える日本と違って迷ってしまうと頼れる物は何もない。辺りがだんだんと暗くなってきたので、ひとまずバスを路肩の開けた場所へ停車させて作戦会議を開く事にした。
「ごめん、どこかで道を間違えたみたいだ」
「いいえ、寝てしまった私にも責任があります」
「いや、ミスズのせいじゃないよ。ひとまず来た道を引き返そう」
「でももう暗くなってきましたし……」
馬車と違ってライトを点ければ夜だって問題なく走れるし、バスに乗っている限りは魔物に襲われる心配もいらない。一応その事はミスズに説明したが、相談の結果今日はバスで野営をする事になった。
バスの椅子はかなりの角度まで倒せ、毛布もあるので寝る場所については問題ない。エンジンをかけていれば魔物に襲われる心配も無いし、ついでに言うとお手洗いも付いている。
「夕ご飯はどうしましょうか」
問題はそれだった。野営の準備なんて勿論していないし、お土産にと貰ったお菓子はさっきミスズが食べてしまった。
「……今、火が見えなかった?」
「見えましたっ! 近くで野営をしている人が他にもいるんでしょうか」
一瞬火のような物が見えた気がした俺達は再びバスを発車させ、ゆっくりと近づいてみる。
「確かこのあたりだと思ったんだけど」
「もしかすると私達を警戒して隠れてしまったのかもしれませんね」
ミスズの指差す先には焚き火の跡があり、ついさっきまで誰かがここにいた形跡が確かにあった。状況から考え、恐らく相手に俺たちと敵対する意思はないだろう。
普通なら素性の分からない集団と無理に関わる必要は無いが、今は食料をどうにか確保したい。
「俺たちに敵対する意思はありません、火があれば分けてもらえませんか」
「ませんかー」
魔物を呼び寄せてしまうのも嫌なので少し控え目に叫んでみると、森の奥から六人の男性と二人の女性が現れた。彼らはまだこちらを警戒しているのか武器に手をかけている。
まあそれも当然、黒い制服の男とメイド服の娘が森の中で護衛も付けず謎の乗りで現れたのだから、不審者レベルで言うと相当高い。
「俺たち道に迷ってしまって……すぐに戻るつもりだったから野営道具が無いんだ。どうにか火を分けて欲しい」
「そういう事だったか……」
話を聞くと、どうやら彼らの食糧事情もあまり良くなく、僅かな干し肉が残っているだけらしい。
そこでやや惜しい気もするがオームボアを二匹とも提供する代わりに、彼らが調理を行いみんなで食べようという事になった。
「ちなみに、その……そちらの方は大丈夫なんですか? とても具合が悪そうに見えますが……」
ミスズと同じ位かやや年上に見えるその女性の様子は明らかにおかしく、体調が悪いであろう事は明白だった。
「はい大丈夫です、ご心配には及びません」
相手の事をあまり詮索する気は無いけれど、五名が護衛で、一名がメイド、弱った女性が良家の娘か何かで残りの男性が責任者と言った所だろう。ミスズの時よりも護衛が厳重な事から身分もそこそ上である事が伺える。
「あれ……うーん……」
唐突に何かを悩みだすミスズ。
「あっ! あなたはフルーテ領の領主様の娘の……レンナさんではありませんかっ!?」
ミスズのその言葉で全員に緊張が走り、場の空気が一瞬固まった。
「あなたは……」
「申し遅れました、私は王都・ラマノ商会の娘、ラマノ・ミスズと申します。そしてこちらは異国から旅をされて来たシュウさんです」
さすが商家の娘、フルーテ領の領主様とは面識があり、実際に会った事は無いが娘がいる事を知っていたらしい。馬車に彫られた紋章を見て気づいたらしく、相手もラマノ商会の娘と聞いて安心したようで責任者と思われる男性が歩み寄って来た。
「マルセルさんの所のお嬢様でしたか、私は領主様の側近でディルと申します。しかしなぜ商会のお嬢様が護衛も無しにそんな格好でこんな所へ?」
「こ、この格好は関係ありませんっ!」
メイド服を指摘されたのがよほど恥ずかしかったのだろう。顔を赤くしたミスズは、諸用でレイク村まで行き湖に落ちて着替えた事と帰り道を間違え夜になった事、乗り物が堅牢なので護衛は必要ない事を簡単に説明した。
その話を聞いた彼らが顔を見合わせ笑う中、ミスズ以外にもう一人恥ずかしそうにしている人がいた。
どうやら、泳いでも安全な湖かどうかを領主のお嬢様が先に検証していたらしく、近くの宿屋が休業中で着替えが遅れた為、風邪をひいてしまったらしい。
その事を切っ掛けにして急速に仲良くなっていく二人を見ながら、俺たちは夕食の準備に取り掛かった。