ガソリンの出処
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ミスズ…王都にある商家の娘
「地図をもらって来れば良かったな……」
「大丈夫です私に任せてくださいっ!! これでも地理は得意なんですからっ!」
行きはミツカの案内があったので大丈夫だったが、帰り道にはあまり自信がない。とは言え、今更戻ることもできず俺はミスズの指差す方へとハンドルをきるしかなかった。
それから三○分ほど走っただろか……お菓子を食べてお腹がいっぱいになったミスズは、水浴びの疲れも重なってか眠ってしまった。
「……いや私はお魚さんも好きですからっ!」
時々発せられる謎の寝言を聞きながら俺が運転していると、前方にこの世界へ来て初めて遭遇した魔物でもあるオームボアが二匹いるのが見えた。
いきなり飛び出して来たならまだしも、さすがに最初から見えている魔物とぶつかったりはしない。というよりそんな事じゃ免許なんて取れない。
しかしバスの能力については疑問がいくつかあったので、今回は慎重に近づいて魔物と接触してみる事にした。
「よしっ」
魔物の数メートル手前でバスを停車させ、エンジンを切る。
魔物は当然こちらに気づいているが、大した脅威と思われていないのか無視して何かをむしゃむしゃ食べていた。そこで俺は思いっきり威嚇音を鳴らしてみる。
≪ブァァァァァーン≫
「ひゃぃっ!!」
寝ていたミスズがびっくりして変な叫び声をあげながら椅子から落ち、それを見た魔物がバスへと向かって突進して来た。バスに乗っていれば安全だろうと俺は運転席で立ち上がり魔物を目で追う。
≪ドンッ ドンッ ドンッ≫
二匹のオームボアが順番にバスへ体当たりしてくる振動が伝わってきた。
「あれ?」
Cランクの魔物とは言え攻撃力はさほど高くなく、オームボアはその素早さから危険度が高く設定されている。その為バスに伝わって来る衝撃は大した事無いが、二匹のオームボアは至って元気、今までと状況が少し違う。
その瞬間、耳をつくようなけたたましい音が鳴り響いた。エンジンを切った状態で何度も頭突きされた事によって、どうやら盗難防止用のセキュリティアラームが鳴ってしまったらしい。
「これはまずいんじゃないか!?」
直観的にそう感じた俺がこの場から逃げようとエンジンをかけたその瞬間、バスに接触した魔物の身体から力が抜けたように見え、一瞬のうちに崩れ落ちて地面へと横たわり動かなくなってしまった。
そして俺はその時さらに異常な光景を目の当たりにしていた。
「う……動いた」
魔物が崩れ落ちるのとほぼ同時に燃料計の針が動き、残量が少し増えたのだ。
つまり……このバスはエンジンがかかっている時に魔物と接触する事で触れた魔物から生命力、ゲーム風に言うといわゆるHPを一瞬で吸い取り、自身の燃料に変えているという事になる。
「いてて、シュウ君何かあったんですか……」
確かに今まで魔物と接触したのは走行中かエンジンがかかっている時だった。
そう考えれば魔物の強さに関係なく一瞬で倒せるのも納得できるし、燃料が今までほとんど減らなかった事や魔物が無傷で力尽きている事とも繋がる。
バスが生きている? 俺が異世界に来てしまったのはこのバスが原因だったのだろうか?
でもこのバスは普通の高速バスだった筈……様々な考えと疑問が頭の中を渦巻いていた。
「ごめんごめん、またオームボアがいたからびっくりしちゃって」
「そうでしたか……」
人間とは学習する生き物だ、銀貨一枚で買い取って貰えるかもしれない宝物を放置するような失敗は繰り返さない。俺はバスから降りまだ暖かいオームボアをトランクルームに詰め込むと、ゆっくりアクセルを踏み込んだ。
「しゅっぱーつ!」
ガソリンは満タン、この調子だと暗くなる前に王都へ戻れそうだ。