露天風呂に現れた物(4)
【今回の登場人物】
村長……オーラド村の村長
ムツキ…"旅のしっぽ"の共同出店者
ネネ…シュウとムツキが部屋を借りている黒猫亭のオーナー
「えっ!! 何でシュウくんが女湯にっ……」
「な、何でミスズが温泉に……」
……
「き、きゃ…… オムムムムムムモ」
俺は悲鳴をあげようとしたミスズをとっさに抱き寄せ、手で口をふさいだ。すぐ近くに魔物がいるかもしれないのに大声を出されたら間違いなく気付かれてしまう。
ミスズと二人になったとは言え武器はおろか二人とも入浴中なので全裸、防具と呼べる物はタオル一枚しかない。この状況では何としてでも戦闘になる事だけは避けなければ。
「シッ、静かに。近くに魔物がいるんだ」
「モォ……モモノォ!?」
状況を悟りミスズが大人しくなったのを確認して俺は視線を茂みへと向けた。草木は不自然にゴソゴソ動き、次の瞬間、木の陰から一匹の生き物が出て来た。
≪ ニャーン ≫
「「猫!?」」
「えっ、あれって猫型の魔物とか……?」
「いやそんな魔物居ないので、たぶん普通の猫だと思いますっ」
……
しばらく二人の間に沈黙が流れ、俺達は顔を見合わせた。
「あ、あのシュウくん……そろそろ離して……貰えませんかっ」
俺はミスズを抱き寄せたままだった事に気付き、慌てて密着する身体を離した。叫ぶタイミングを奪われたミスズは恥ずかしさから顔を真っ赤にしながら立ち尽くしている。
「ご、ごめん。ひとまずお湯に浸かって……」
「は、はいっ」
乳白色のお湯なので入ってしまえば何も分からない。俺はムツキが何か言って無かったかをさり気なくミスズに聞いてみた。
「そう言えば朝温泉に入るとお腹痛くなるから止めた方が良いとか何とか言ってましたけどっ。でもせっかく温泉に来たんだしと思って……」
説得下手かッ!! ムツキはッ!! さすがにもう少しマシな引き止め方があっただろ……。仕方が無いので少し事実を捻じ曲げはするものの、経緯を話す事にした。
「実は設計ミスか何かでこの露天風呂は中で繋がっているみたいなんだ。その事を昨日ムツキが発見して……妙な誤解されたら嫌だから黙っておこうって事になったんだよ」
「そっ、そうだったんですかっ……」
「で、今日朝俺が温泉に入るからムツキに他の二人が入って来ないようさり気なく引き留めるようにお願いしていたんだけど……」
「えっ! じゃあお腹痛くなるって言うのは嘘だったんですか!? 良かった!!」
「そこ!?」
「あ、はい。でもいきなり悲鳴あげちゃってごめんなさい……ちょっとびっくりしちゃって……ごめんなさい」
「いや、俺の方こそ……」
さっきからミスズは全く目を合わせてくれないけど、怒っているという雰囲気では無く恥ずかしさからという感じだった。
「先に出るよ」
気疲れしてしまった俺は早々に温泉から出て私服に着替え、ロビーで村長がやって来るのを待つ事にした。
それからしばらくしてミスズが温泉から出て来て俺の隣の椅子に座り、ムツキとネネさんも部屋から降りて来たのとほぼ同じタイミングで村長がパンを持って宿へとやって来た。
「おはようございます皆さん、昨日はよく眠れましたか?」
「はい! 素晴らしい温泉と宿でした」
唯一この騒動を何も知らないネネさんは上機嫌でそう答えた。
「それはそれは良かったです。この旅館も後は細部の仕上げをして、あっ、あと露天風呂に男女を分ける壁を設置するだけなんで完成したらまた来てください」
「「「村長、それを早く行って下さい!!」」」
キョトンとした表情の村長とギリギリと歯を鳴らす俺とミスズ、ムツキの三人。さて、温泉旅行もそろそろ終わり、王都へ帰って温泉ツアーの企画でも考えるとするか。