露天風呂に現れた物(3)
【今回の登場人物】
ムツキ…"旅のしっぽ"の共同出店者
「そ、その、さっきはごめんなさい」
「い、いえ、私の方こそ色々投げてごめんなさい。多分シュウさんが悪い訳じゃないのに……」
いい湯だったーと満足そうに出て来たミスズとネネさんは早々に部屋へと戻って行ってしまった。残された俺とムツキはお茶を飲みながらさっきの件についての反省会を開催している真っ最中。
俺が覗いた訳では無いという事は理解してくれたらしく、ムツキも怒っていると言うよりは恥ずかしさから反応がぎこちなくなっているといった感じだった。
「もう一度露天風呂を見に行ってみよう」
「そうですね」
ここで色々考えていてもどうにもならない。俺達はもう一度男湯と女湯それぞれの入り口から露天風呂に入ってみる事にした。
風が少し強くなったせいか、露天風呂に出てもさっきのように湯気で視界が遮られて何も見えないという事は無く、少し先まで見渡す事が出来る。
露天風呂は単に一つの大きな長方形……ではなく、所々にカーブや分岐があったり大きな石が置かれていたりと工夫が施されており、それでいて規模も大きく本当に完成度が高かった。
「ムツキ!」
「あっ、シュウさん」
俺が露天風呂の端を奥の方へ向かって歩いていると、反対側からムツキが現れた。やっぱりこの露天風呂は中で男女が繋がっていたんだ……。
「これは村長に言って改善して貰わないとね……」
「そうですよね。……わっ、わわわっッ!」
≪ ドスンッ ≫
露天風呂の床は石でできており泉質の影響も重なって特に滑りやすい。お湯の中に落ちなかっただけ良いがムツキは盛大に転び尻もちをついている。
「いやぁぁああ! 見ないで!」
「み、見てない見てない」
転んだ拍子に浴衣がはだけてしまいムツキは焦っている。大丈夫俺は何も見ていない、白い布なんて絶対に見ていないから安心して欲しい。
俺は目を逸らしながらムツキに手を差し伸べ引き起こした。
村長には男女の区切りともう一つ、床を滑りにくくする工夫もお願いしておかなくちゃ。明日の朝また来るって言ってたしその時に言ってみよう。
◇◇◇
翌朝、思わぬトラブルがあって昨日は少ししか温泉に入れなかったので、改めてゆっくり温泉に入ろうと少し早めに俺は起床した。
しかし男女の露天風呂が中で繋がっている事は昨日確認済み。隣の部屋から物音がするのでもう既にムツキも起きているのだろう。
俺はムツキの部屋をノックし、今から温泉に入って来るのでネネさんやミスズが入ろうとしたらさり気なく止めて欲しいという事を伝えて一階へと降りた。
二人には露天風呂が中で繋がっていた事は内緒にしておこうと昨日ムツキと話し合っている。もしそれを話した事で気付いた切っ掛けなんかを色々詮索されると堪ったものではない。
俺は青色ののれんをくぐり、服を脱いで露天風呂へと向かった。ドアを出ると昨日と同じく湯気が充満しており視界は良くない。でも今日は鉢合わせなんて事にはならないし安心してゆっくり入ろう。
……そう思ったのもつかの間、風呂の脇に植えられた草木が不自然にざわつく気配があり俺はその場所に神経を集中させた。
さすがに今回は場所が場所だけに誰かが間違えて温泉に入って来たという訳では無さそう。そして大きさも猫ぐらいかもしくはそれ以下。でも周りに囲いがある以上そう簡単に魔物が入って来る事は無い筈……
「なっ!」
様々な事を考えていると、茂みの中から茶色いしっぽのような物が一瞬見えた。これでこのお風呂に侵入しているのが人間でない事は確定した。
武器など持っていない現状では戦闘になると不利どころの話ではない。気付かれないように脱衣所まで戻らなければ……。
俺は奥にある茂みに気を取られ過ぎてしまい、その結果横から近づいて来る気配に全く気が付かなかった。