露天風呂に現れた物(2)
【今回の登場人物】
ムツキ…"旅のしっぽ"の共同出店者
お風呂からは大量の湯気が立ち上り視界は広くない。
なっ、誰だ……
奥の方からゆっくりとこっちに近づいて来る怪しい影があった。この温泉旅館には今日は俺達四人しかいない筈、ミスズ達三人は女湯に入っているから、まさか村長が……。いや、そんな訳は無い。
となれば答えは一つ。
何でこんな所に魔物が……バスに乗ってるときには一匹も出てこない癖に! 温泉旅館に来たという事で安心しきっており武器は脱衣所に置いて来てしまった。というよりそんな危険な温泉に観光客を入らせる訳にはいかない。
バシャバシャとお湯をかき分ける音をたててソレは着実に近づいて来る。
『『 なっっ!!! 』』
「ムツキ!?」
「シュウさん!?」
……
「ぃ、いやぁぁああぁぁぁぁーー!!」
「い、いやちょっ、ちょっと、まっ……ちがう」
大声をあげたムツキはジャバッと胸まで湯に浸かり、持っていたタオルやらアヒルのおもちゃを全力で投げつけて来た。
その時の俺には”何でアヒルのおもちゃ持ってるんだよ”と突っ込む余裕は無く、目をそらしながら必死で落ち着くようムツキをなだめる事しかできなかった。
「待って待って、ちょっと落ち着いて」
「何でシュウさんが女湯にいるんですか!! やっぱり覗きですか!」
「違う違う! 俺はちゃんと男湯の方に入ったんだから!」
「えっ……」
やっと落ち着きを取り戻したムツキに俺は事情を説明する。
「俺は間違いなく男湯ののれんをくぐって、ムツキ達が入ったのとは逆の部屋に入ったんだよ」
「じゃあ何でっ……」
そこまで話した時、遠くからミスズとネネさんの話す声がしてきた。
「ヤバい、二人が来ちゃった」
「ど、どうしましょうシュウさん。二人にこんな所を見られたらっ」
「とにかくこの場を離れないと ――」
ムツキの言う通り、こんな所を二人に見つかったら何を言われるか分かったもんじゃない。ひとまず今は一刻も早く温泉から出ようと俺は急いで元来た方へと向き直り、更衣室の方へジャバジャバお湯の中を歩いた。
二人の声は少し遠のき、内湯への扉が見えて来た。もうここまで来たら大丈夫だろう。
「も、もう大丈夫ですかね……」
「――って、何でムツキが付いて来てるんだよ!」
「えっ? ……いやぁぁ、こっち見ないで!」
投げる物の無いムツキは俺にバシャっとお湯をかけ、再び胸までお湯に浸かってしまった。端まで来るとお湯から出る湯気も少なく、温泉のお陰か恥ずかしさからかムツキの頬はピンク色に染まっているのが見えた。
「だから何でムツキが付いて来てるんだよ!!」
「い、いやぁ~なんかとっさの事で私も着いて行かなくちゃって思って……」
「と、とにかく二人にはまだバレて無いみたいだし俺はもう出るから」
「わ、私は?」
「ムツキはみんなとゆっくり温泉に入っておいで」
俺は急いで更衣室へと入り、慌てて着替えを済ませ廊下へと出た。もう一度改めて確認してみても、間違いなく俺は男湯の方に入っている。
「一応、後でムツキに謝っとかないとな……」
何でかは分からないけど、露天風呂がこのままじゃ観光客を迎え入れる事はできない。みんなが出た後に改めてお風呂がどうなっているのか調べてみる事にしよう。
厨房を借りてお茶を入れた俺は、ロビーでみんなが出て来るのを待つ事にした。