露天風呂に現れた物(1)
【今回の登場人物】
ムツキ…"旅のしっぽ"の共同出店者
ネネ…シュウとムツキが部屋を借りている黒猫亭のオーナー
「温泉へ入りに行きましょうよっ!」
食事を終えて早々、温泉を一番楽しみにしていたミスズが興奮気味にそう言いだした。
「そうだね、せっかく温泉に来たんだし堪能しよ」
ロビーから少し奥へ入ると男女ののれんがかかった脱衣所への入り口がある。村長が言うには内湯だけでなく露天風呂も作ったらしい。
「シュウさん、女湯のぞいちゃ駄目ですからね」
「ムツキこそ男湯のぞいたら駄目だからね」
「なっ!! のぞく訳ないでしょ!!」
少し顔を赤らめスタスタとムツキは行ってしまった。いくら俺でもわざわざ女湯を覗きに行くような事はしないし、そんな事をすれば何されるか分かったもんじゃない。
「じゃあ私達も入って来るね」
「じゃあ俺は旅館の入り口を施錠してからにするよ」
「「お願いします!」」
この旅館はまだオープン前という事もあり従業員は誰も居ない。さっき村長から鍵を預かったので施錠は自分たちでしなければいけないのだ。
ここは泥棒なんて居ないような小さな村。魔物についても村をあげて一斉討伐をやったって言ってたからそこまで神経質になる必要は無いだろう。
それにしてもここまで魔物が出ないとは……これは本当に桃耳ウサギ購入コースになってしまうかもしれない……。やや焦りを感じながら俺は正面玄関の施錠を行った。
さて、じゃあ温泉にでも入るか。
湯上りに牛乳でも飲みたい所だけど、開業前の旅館にそんな気の利いた物は無い。俺は仕方なく男湯ののれんをくぐり脱衣所へと入った。
さっきミスズ達が入って行く所をちゃんと確認したので、のれんが入れ替わっていて間違って女湯に……なんて漫画みたいなシチュエーションになる事は残念ながら無い。
脱衣所の中はシンプルな造りになっており、恐らく元は一つの大きな部屋だったのだろう。部屋の中央に大きな棚を設置して男女別に区切ったそんな感じだった。
それにしても温泉なんて久しぶりだな……
内湯もこだわりが感じられて凄いけど、やっぱり大自然に囲まれて露天風呂に入りたい。タオルを片手に外へと出るとそこには岩を積み重ねて作られた広大な露天風呂が広がっており、周囲には目隠しの木々が植えられている。
お湯は少し濁った乳白色をしており、硫黄の香りも強い。ちゃんと外周には柵が設置されており、入浴中に魔物の襲撃を受ける事の無いよう工夫がされている。
「凄いな、完全に日本の露天風呂じゃないか……。こんな広い露天風呂を村の人達だけでこの短期間に作り上げたなんて……」
お湯の温度はちょうどよく、源泉かけ流しの贅沢な造り。身体の芯から温まり日頃の疲れがスーッと抜けていくようなそんな素晴らしい泉質だった。
ムツキがこの温泉を飲んで身体の調子がいいというのも何だか分かる気がする。あれから別に体調を崩している様子も無かったしこの温泉はちょっと位なら飲んでも大丈夫なんだろうな。
にしても女湯もこんなに広いとすれば相当な人数が一度に入浴する事が出来る。これは下手な観光スポットを作ったりしなくても、この広さを生かして浴槽の種類を増やせばここだけで十分な目玉になりそうだ。
今頃ミスズ達も温泉に入ってる頃だろう。
沢山のお湯が沸き出しているようで、奥の方からはジャバジャバとお湯の湧き出す音が聞こえて来る。俺はお湯の出ている場所を見に行こうと水音のする方へと進んだ。