卵を取りに(1)
【今回の登場人物】
ムツキ…"旅のしっぽ"の共同出店者
ネネ…シュウとムツキが部屋を借りている黒猫亭のオーナー
村長…オーラド村の村長
俺が一階に降りると、ロビーには浴衣に着替えた三人が既に集まっており、村長の入れたお茶を飲みながら談笑していた。
「まだ夕方まで時間もあるけど、どうする?」
そう、我々は異常に早く王都を出発した事もあって時間はまだお昼前。思い付きでいきなり来たので特に予定も無く、やる事が無いのだ。
「せっかくですし、観光でもしましょうよっ」
ミスズの言葉を聞いた村長の表情を見れば観光地なんてこの村に無いという事は明白だった。
「あっでもこの温泉旅館が完成したら今度は観光スポットになるような場所を作ろうって村人達と話しているんです。なので期待していて下さい」
慌てたように村長はそう言い繕ったが、観光スポットってそう簡単に作れる物なんだろうか……。そういえば日本の温泉地でもこれと言った観光地スポットが無く客が来なくて寂れてしまう所は少なくない。
「温泉卵つくり体験でもやったら良いじゃないかな……」
「是非やりましょう! ところで温泉卵とは何でしょうか!」
ボソッと俺が呟いたその言葉を村長は聞き逃さず食いついて来たが、どうやら良く分かってはいない様子。温泉の熱で卵を加熱するだけだよと説明してあげると村長は更にとんでもない事を言い始めた。
「南の森に大型の鳥の魔物が出没するんですけど、その卵とかどうですかね」
「いや普通の卵で良いと思いますけど」
「しかしそれでは観光の目玉として少し弱い気がするんですよね」
「魔物の卵は少し強すぎると思いますけど。それに魔物の卵なんて安定供給ができるんでしょうか」
「うっ……じゃ、じゃあ時々パフォーマンス用に……」
ああ、マグロの解体ショー的なそういう感じねと納得した俺は面倒になってひとまず賛同しておいた。
「そうと決まれば行きましょう!」
「えっ、どこへですか?」
「もちろん魔物の卵を取りにです。次回からは我々村の人間だけで取りに行きますので、最初だけは下見を兼ねてバスとシュウさんのお力をお借りできませんか」
俺と村長のやり取りを聞いて「行ってらっしゃーい」と手を振るネネさんとムツキ。明らかに面倒そうなので行きたくない気持ちは分かるけど……。
「私は一緒に行きますよっ」
「分かりました、行きますよ……」
こうして俺とミスズは村長と一緒に魔物の卵を取りに行く事になってしまった。
「それでは、魔物の卵を取りにしゅっぱーつ!」
村長に促されて浴衣姿のままでバスに乗り込んだ俺とミスズは、留守番組のムツキとネネさんに見送られて宿を後にした。
路面状態の悪い道をバスはしばらく走り、昔村長がハイウルフを飼っていた例の巣穴の近くを通り過ぎて更に奥へと進んでいく。
「それにしても魔物が少ないですよねっ」
ミスズの言う通り、森に入ってからまだ一匹も魔物に遭遇していない。
「ここへ来る途中の道でも魔物と遭遇しなかったんですけど村長何か知りませんか?」
「ああそれでしたら、この間魔物の一斉討伐を実施したからじゃないでしょうか」
「「一斉討伐!?」」
「はい、少しでも多くの行商人や旅人の方に安心してオーラド村へ来て頂けるよう、我が村のハンター総出で一斉討伐を実施いたしました」
「「それかッ!」」
村長はバスの裏事情を知らないけど定期的に魔物と接触しないと燃料の問題がある。まあこれから魔物の元へ行くんだし大丈夫でしょ。まだ燃料は三割も残っている。