温泉に行きたい人たち(4)
【今回の登場人物】
ムツキ…"旅のしっぽ"の共同出店者
ネネ…シュウとムツキが部屋を借りている黒猫亭のオーナー
村長…オーラド村の村長
「これはこれはシュウさん!! いやそろそろ王都に遣いを出そうかと思っていた所なんですよ」
出てきた村長は俺たちを見るなりそう言って迎え入れてくれた。こうして改めて見ると村長はあのハイウルフの一件で反省したのか、だいぶん優しい雰囲気になったような気がする。
「まさかもうできたんですか!?」
「ええ、もともと近くにある使わなくなった建物を再利用して村人総出で作業に当たりましたのでほぼ完成しています」
「「「温泉入れるんですか!?」」」
三人がかなり食いついた様子で身を乗り出してきた。
「もちろん。まだ少し工事中の場所もありますけど、ぜひ入って頂いて感想を聞かせて下さい」
「「「やったー!!」」」
大喜びする三人。そういえば温泉なんていつぶりだろうか……日本にいた時ですらあまり入った記憶が無かった俺は、実はちょっと楽しみだった。
しかし俺にはもう一つ気になる事がある。
「あの、あと今夜この村に泊まりたいんですが、どこか宿屋ってありますか?」
三人は泊まる気満々で着替えも準備して来たみたいだけど、この小さなオーラド村には宿屋がない可能性だってある。その場合は日帰りか最悪バス泊でもするんだろうか。
村長は少し言葉に詰まりこう言った。
「大変お恥ずかしながら、今まで行商人も少なくこの村には宿屋が無かったんです」
「だってさ、という事で今日は諦めて日帰り……」
やっぱりね、俺が三人の方を向き直りそう言いかけた時、
「あっ……ですがシュウさん、今回はアドバイスを元に温泉へ宿泊施設もつけてみたんです。まだ従業員がおりませんので食事を出す事は出来ませんが、泊まるだけであれば……」
「「「やったー!!」」」
こうして俺たちは温泉旅館(開業前)への宿泊が決まった。バスに乗り込み、村長の案内で古い建物を流用して作ったという温泉旅館へと到着した俺は思わず感心してしまった。
建物自体はこの世界によくある東洋風だが、これが日本にあったとしても決して違和感はない。ちょっと小洒落たモダンな温泉旅館というような雰囲気だった。
「凄いですね、これを村の皆さんで作られたんですか?」
「もちろんです、シュウさんに教えて頂いた温泉のイメージを壊さないように作ったんですが、なかなか良く出来たと私達も気に入っているんです」
建物の横には十分な数の馬車を停める事ができる駐車場のような場所も作られており、この大型バスでも余裕持って停める事ができる。
観光客を受け入れるならこういうのは大事だよね。ミスズ達は温泉旅館の外観を不思議そうに見ている。
「温泉もですけど、こんな変わった宿屋は私初めてですよっ」
入口にかかるのれんを模したカーテンをくぐると中は想像以上に広く、温泉地独特の硫黄のような香りがほのかに漂って来た。
「この匂いは……?」
「そういえば何か匂いますよねっ」
この温泉独特の匂いはやはり珍しいらしく、ムツキ以外の二人は興味津々。
以前一緒に来ておりこの匂いの正体を知っているムツキだけが得意げな表情をしているが、二人に説明しようとはしない。あれはきっとあんまりよく覚えてない顔だな。
「それでは皆さん、まずはお部屋にご案内しましょう」
そう言うと村長は部屋の鍵をそれぞれに渡してくれた。何も言わなくてもちゃんと一人一部屋用意してくれるなんてさすが! これがミツカ達の宿だったらきっと……。
まだ工事中の場所もあると言っていた村長の言葉通り、館内にはいくつか作りかけの部分もある。でも、これはもうほぼ完成していると言っても問題無いだろう。
村長の用意してくれた部屋は二階の端から順番に、俺の隣にムツキ、ミスズ、ネネさんという並びだ。部屋の中に入るとそこは畳敷きで……なんて言う事はさすがに無く、至って普通のこの世界によくある宿屋という感じ。
せっかく来たんだし今日は一日ゆっくり休もう、俺は部屋に置かれた浴衣風の服へと着替えた。