温泉に行きたい人たち(1)
【今回の登場人物】
ムツキ…"旅のしっぽ"の共同出店者
「シュウくん、私を温泉に連れて行って下さい」
「いや、だからオーラド村の温泉は今作ってる最中で……できたら教えてくれるって事になってるからその時に」
ある日の朝、俺がお店に着くなりミスズがそんな事を言い出した。
「いやですっ――私だっておっきくなりたいんですよっ!」
"おっきくなりたい"って何だよと思いながら、さっきミスズがムツキと何かを話し込んでいたのを思い出した。何か良からぬ事をムツキが吹き込んだんじゃないかと呼び出し、事情聴取をした結果ミスズの言動の意味を理解した俺は困った。
「ムツキ……それはこの間隣国に行った時バスの中でずっとお菓子をモソモソ食べてたからだろ」
「ちょっと、乙女に向かってそれは失礼ですよ!! 私が太ったって言いたいんですか!」
ムツキは 「温泉に行ってからずっと肌の調子が良い」と言う話を今朝ミスズとしていた。その後、ブラがきつくなったので大きいサイズをミスズの商店で購入したいという話題になったのだが、ミスズはそこで何かを勘違いした。
「頼むからミスズを説得してくれよ……」
「太っている私には説得なんかできませんよーだ」
完全に機嫌を損ねてしまったムツキを頼る事はできない。まあ、バスで行けばそんな遠い場所じゃないし、温泉の出来具合を見に行くんなら別にいいか……。
「分かったよ、明日オーラド村へ行こう。でも多分ミスズが期待しているような効果は温泉には無いからね。まだ温泉自体も出来ていないだろうし、期待し過ぎない方がいいよ」
「やったーっ!」
そしてその会話を聞いていたムツキが更に割り込んでくる。
「えっ、シュウさんもミスズちゃんもオーラド村へ行くんですか!? じゃあ私だってまた行きたいです!」
「誰が店番するんだよ……」
「大丈夫です、この間クラちゃんが大量に売ってくれたお陰で数日なら店を閉めても問題ありません」
どうも二人は温泉に対する執着が強く、今回もまたムツキを連れて三人でオーラド村へと出かける事になった。
オーラド村で温泉が完成したら次はいよいよ王都発の温泉ツアーを開催する事になるのか……なんだかバス旅っぽくなって来たけど、前回の湖水浴ツアーで色々と反省する点もあったし……。
俺は湖水浴ツアーの時の抽選申込列を思い出してげんなりとした。やっぱり申込受付の方法はどうにかしないといけない。
お金を積んだ人だけが参加できるというのはあんまり好きでは無いので、できるだけ誰もが平等に参加できるような……そして暴動が起きず俺達の手間もあまりかからない方法、何か考えておかなくちゃ。
「じゃあ今夜はお店を閉めた後、みんなでバスに乗ってミスズの屋敷まで行こう。明日わざわざこのお店に集合しなくても三人だけならミスズの屋敷にバスを停めておいた方が近いし」
「分かりました、大丈夫ですよっ」
俺とムツキが部屋を借りている「黒猫亭」とミスズの屋敷はすぐ近く。今回はお客もいない三人だけだしそれでいいだろ。
今回はお菓子少なめにしておきますと言いながらゴソゴソ詰め出したムツキを見ながら俺は思った。もしかしたらあの温泉には本当に大きくなる効能があるのかもしれないな。