少女の護衛はお任せ下さい(1)
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ミスズ…王都にある商家の娘
ミツカ…レイク村にある宿屋の娘
「おはようございまーす」
「おはよう、昨日はゆっくり休めた?」
朝起きて一階に降りるとネネさんがもう既に開店準備をしていた。
「黒猫亭特製のモーニングプレート食べる? 銅貨三枚」
「それってケーキですか?」
「んな訳ないでしょ、ミスズの甘い物好きは異常だからあれと一緒にしないでちょうだい」
「やっぱりあれは異常だったんだ……」
少し安心した俺は久々の甘くない食事に歓喜した。
≪ガラガラガラッ≫
俺が朝ご飯を食べ終わった頃、綺麗に着飾って髪に白いリボンを付けたスイーツ好きのお嬢様が大量の洋服を持ってやって来た。
「おはようございますっ! シュウ君の服をもって来ましたから試着会をやりましょう!」
スーツケースを無くし着替えの心配をする俺を見て、商家の娘であるミスズが自家の商品を見繕ってきてくれたらしい。それは良いけど試着会って何!?
「この服はいかがでしょうか?」
「もう少し地味なのは無いかな……」
いかにも貴族が着ていそうな立派な装飾の施された服の数々。ミスズは似合いますよーと勧めて来るけど平民の俺がそんな物を着るのもおかしいし何か恥ずかしい。
一通り試着した結果、昨日着替えが無い事を知ったネネさんがくれた黒猫亭の制服を着る事にした。ワイシャツ風の服に黒のズボンを合わせると、まるで運転手の制服のような雰囲気にもなりバスとの相性も悪くない。
「うーん、まあそれも中々良いと思いますけどっ……」
豪華な服を気に入って貰えず少し残念そうだったミスズだが、黒猫亭の制服を着た俺の姿を見るとまんざらでもない様子。じろじろ見られて少し恥ずかしくなった俺は慌ててこう切り出した。
「通行証を貰いに行きたいんだけど」
「行きましょう! 私が道案内しますからっ」
バスに乗って行くと聞いたミスズは表情が一段と明るくなり、目をキラキラさせている。そして乗り込むと同時に運転席の横にある補助席へと腰かけた。
「しゅっぱーつ!」
ミスズの大きな掛け声でゆっくりとバスを発進させ、十五分ほど走った頃だった。
≪キィーーー≫
目の前へ急に飛び出してくる影があり、俺はブレーキを思いっきり踏んだ。幸いな事にあまりスピードを出していなかったので接触は避けられたが、その子は驚いた拍子に転んで何かを落としてしまった。
急いでバスから降りると、飛び出してきたのは十五歳ぐらいに見える少女で所々破れた服を着ている。孤児という雰囲気では無いが、体には傷跡もあり何らかの事情がありそうだった。
「大丈夫!?」
「大丈夫ですかっ!?」
「は……はい」
ゆっくりと起き上がったその少女はミスズを見て顔が真っ青になり、慌てて低い姿勢になった。
「も、申し訳ございません、どうかお許しください」
ミスズの事は知らないようだが、服装を見れば良い家のお嬢様である事は一目瞭然。そんな娘が乗る馬車……では無いけど乗り物の前に飛び出し進路を妨害したとなると、相応の罰を与えられる事も珍しくない。
「大丈夫ですよ、それよりその恰好はどうなさったのですか?」
「は、はい実は……」
優しく問いかけるミスズに安心したのか、その子は今までの経緯を語り始めた。
「私はレイク村にある宿屋の娘でミツカと申します。私の妹が魔物に襲われ……命は助かったものの毒に侵されてしまいました。
このままでは妹の命は一週間もつかどうか、そんな時王都で手に入るという強力な解毒剤の話を聞き、私は二人の護衛と共に村を発ちましたが、野営の最中に魔物の奇襲を受け護衛を失ってしまいました」
「まあ」
「私は何とか逃げ切りましたが、引き返す訳にもいかず一人でこの王都まで旅を続け、薬を購入した所です」
さっき驚いて転んだ拍子に割れてしまったのは解毒剤だったのだろう。更に詳しく聞くと、薬は金貨四枚もする高級品でとてもじゃないが再購入はできないと言う。
これは全部私の責任ですからと泣きそうな顔で話す少女だが、命がかかっているとなるとそうもいかない。俺は金貨四枚を少女に渡し、急いでもう一つ解毒剤を買ってくるよう促した。
最初は信じられないような表情をしていた少女だったが、すぐに深々と頭を下げ金貨を握りしめて薬屋へと駆け込んで行った。