黒猫亭で起きた事件
【今回の登場人物】
シュウ…バスと一緒に転移した主人公
ミスズ…王都にある商家の娘
ネネ…黒猫亭のオーナー
ミスズの屋敷を後にした俺は考えていた。新居をチェックすると言って聞かないミスズと共に。
マルセルさんの話によると、このバスの存在はもう既に王都で噂になっているらしい。確かにバスが異質なのは分かるが、俺が王都の門を通ってからまだ数時間しか経っていないというのにそんなに早く噂が広まるだろうか。
「王都でバスの事が噂になっているってマルセルさんはが言ってたけど、さすがに早すぎない?」
「そうですね、私達が食事をしている間にお父様の耳にまで届いたとなると……」
「「って何だあれ!?」」
もう既にお昼の時間帯は過ぎているにも関わらず黒猫亭の前には大量の馬車が停まっていた。
≪ ガラガラガラーン ≫
大きな音のおかげで直ぐにこっちへ気づいたネネさんは、今忙しいからちょっと待っててと近くの椅子を指さす。さすがに今日は人が多すぎと首をかしげるミスズだったが、ちょうど喫茶の時間帯だからだろう。
待っている間にミスズから聞いた話によると王都に飲食店はあまり多くない。魔物をハンターから買い取って肉を卸す以外にも食品流通の大部分を王宮が握っており、飢える民が出ないようにという王の方針で食品の価格は王宮によってコントロールされ突出して安い。
考えようによっては国民に優しい仕組みなのかもしれないが、利幅の少ない飲食業は割に合わず、ネネさんが月一回仕入れに出るのも、王都では手に入らない珍しい雑貨などを仕入れ売るためだそうだ。
「じゃあ旅人はどうしてるの?」
「宿に併設する飲食店はいくつかありますが、価格も高くあまり利用する人はいません」
新鮮なフルーツや酒、肉は安く買う事ができるし、宿に戻れば自分で肉を焼く事ぐらいはできる。そんな状況でボッタクリ級の価格で料理を出す店を利用する旅人はあまり多くない。ネネさんのお店は良心的な価格で料理を提供する王都でも数少ない飲食店だそうだ。
「おまたせ!」
やっと接客がひと段落したネネさんがカギをもってやって来た。店内にある階段から二階の部屋へ出入りができるそうで、部屋にある物は自由に使って良いそうだ。
「ありがとうございます。ちなみにさっき二階へ住むのが防犯目的って言ってましたけど、このドアベルも……何かあったんですか?」
「あー……それね、気づいちゃった?」
お礼を言い鍵を受け取った俺は、気になっていた事を聞いてみた。タダ同然で貸してくれるのは嬉しいが、いわくつきというのは何か嫌だ。
「二週間ぐらい前だったかな、朝お店に来たら売り物の雑貨や店の備品なんかが床に散乱していた事があって……」
「泥棒に入られたんですか?」
「その時は何も盗まれなかったんだけどね、三日前にもまた同じことが起きて……今度は売り物の一つが無くなってしまったの」
霊的なやつだったらちょっと嫌だなと思っていた俺は話を聞いて少し安心した。泥棒だったら住んでいるだけで抑止効果はありそうだし、鉢合わせしなければ大丈夫だろう。
「分かりました、何か気付いた事があればご報告します!」
「そうしてくれると助かるわ」
早く部屋へ行きましょ! とミスズに急かされ階段を登った先にあるドアを開けると、想像以上に綺麗な部屋でベッドなども一通り揃っている。朝からいろいろな事があり一気に疲れが押し寄せた俺は今日は部屋でゆっくり休む事にした。
「では、また明日っ」
ミスズはそう言い残すとパタパタと階段を下りて行った。