茶褐色の髪の少女
本作を開いて頂き有難うございます。
できるだけ毎日更新に近い頻度で続けて行こうと思いますので、ブックマークや評価でお付き合い頂けますと幸いです。
そして、話を読んでいる途中でこいつ誰だっけ……?となる事が個人的によくあります。そこで、ネタバレしない程度に前書き欄を使って毎回【今回の登場人物】を記載したいと思います。
【今回の登場人物】
シュウ(桜木 秀)…バスと一緒に異世界転移した主人公
ミスズ…王都にある商家の娘
ひぃぃぃー! 早く、早くどっか行ってくれッッ!!
なんで異世界に来ていきなり魔物の集団に襲われなきゃいけないんだよ! だいたいカッコいい能力とか、魔法とかそういうの無いのかよッッ!
「ヒール、ヒール!! あ、いや今はヒールじゃないか……」
必死でコマンドウインドウを出すような手の動きを試したり、知っている魔法名を叫んでみたが何も起きる気配は無い。
ざっと百匹を超えるイノシシ形の魔物の大群に囲まれ、大型バスの車内で床にしゃがみ込んで俺は一刻も早くこの状況が終わる事を祈っていた。
バスには俺以外にも十五歳位に見える少女とその付き人、そして武装した護衛が三人一緒に乗っている。しかし三人程度の戦力でどうにかなる状況では無いらしく少女の頬に涙が伝っているのが分かった。
「だ、大丈夫だよ。このバスはすっごく頑丈だからこの程度の魔物に襲われたぐらいじゃ……」
少女を少しでも元気づけようと俺はそう声をかけたが、いくら大型バスとは言えこれだけの数の魔物に一斉攻撃をされたらひとたまりもない事は容易に想像ができた。
ああ……終わった。
≪ドスッ、ドスッ、ドスッ≫
一斉に魔物がバスへと向かって突進を始め、体当たりを受けた衝撃で車体は小刻みに揺れ出した。
……あれ?
何かがおかしい。
そこそこ強い魔物の集団に襲われているにしては衝撃が穏やか過ぎるし、ガラスが割れる様子も無く、そもそも魔物の数が減ってきているような気すらしてきた。
一緒に乗っている少女とその付き人、護衛達も徐々にこの違和感に気づき始めている。五分ほどたった頃、車体への衝撃が完全に無くなったのを確認して恐る恐る俺はバスから降りた。
隠れて不意打ちをする程頭が良い魔物とは思えなかったので、もしかしたら襲うのを諦めて森へ帰って行ったのかもしれない。
しかし俺が見たのはバスの周囲に転がる大量の魔物の死骸と、あれだけの体当たりを受けたにも関わらず傷一つ付いていないピカピカの車体だった。
「ま、まあ誰もケガをせず良かった……。皆さん大丈夫ですか……?」
まだ状況を完全に把握できていなかったが、とにかく目先の危険は無くなったらしい。俺のその言葉を聞いて、さっきまで涙を流していた少女が歩み寄って来た。
「はい、この度は何とお礼を申し上げたら良いか……おかげさまで誰一人犠牲者を出さずに済みました。私は王都にある商家の娘でミスズと申します」
少し黒みがかった茶褐色の長髪に白い髪飾りが特徴的なその少女は、旅路だというのに東洋風の衣類でしっかりと着飾っており、年齢に見合わないとてもしっかりとした口調で深々と礼をし自己紹介をした。
しかし彼女の目元には乾いた涙の跡がはっきりと残っていて魔物の襲撃がこの上なく怖かったのだろうという事は十分に伝わって来る。
彼女と一緒にいる髭を生やした年配の男性は執事、そして武装した三名は予想通り二人の護衛として雇われたハンターだという。
「俺はシュウ、遠方の国からこのバスという乗り物に乗って旅をして来ました。しかしどうも道に迷ってしまったようで……」
俺が辺りを見回すと、彼女たちが乗って来た馬車はさっきの襲撃でボロボロに壊されとても走れる状態ではない。だからと言ってこんな森の中に放置する訳にも行かないだろう。
「王都へ向かわれると聞きましたが、一緒にこのバスへ乗って行かれますか?」
「あっ、ありがとうございますっ!!」
俺のその言葉を聞いて少女を含めた全員の表情が明るくなった。
異世界に来てしまった以上は情報収集をしなければいけないし、土地勘の無いこの世界で街までたどり着ける気もしない。なら一緒に行動して王都まで連れて行って貰った方がお互いの為だし、なにより旅の仲間が可愛い少女となれば何も言う事は無い。
「私の事はミスズと気軽に呼んで下さい、ここから王都までは馬車で五日程の距離です。到着次第このお礼は必ず致しますので、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ宜しく」
幸いな事に大型バスなので五人程度が乗った所で何の問題も無い。しかし五日の長旅となると食料の問題もある。馬車に積んでいたと思われる食料は魔物に荒らされ、到底食べられる状態ではない。
「あれだけの魔物の集団だったんだ、まだ近くに残党がいると危険だし早めに出発した方が良いだろう」
護衛の一人からそう指摘を受け俺達は早々に出発する事にした。食糧問題については……まあまた後で考えよう。バスに乗り込んだ俺は運転席へと座りアクセルをゆっくりと踏み込んだ。
どんどん加速していったバスは道が広い事もあり平均六〇km/h近くの速度で走行している。馬車に慣れているこの世界の人からすれば相当な速度に感じたんだろう。
「「「おおお」」」
護衛達の間で歓声が上がる。
「ねえ見て見て、すごーい! 木が一瞬で通り過ぎてくっ!」
そしてその中でも、特にはしゃいでいる人が一人いた。
さっきまではしっかりとした印象だったのに、まるで遊園地の乗り物にでも乗っているかのように楽しげにはしゃいでいる。
「ミスズさんの国では馬車による移動が一般的なんですか?」
「はい、急ぎの時は馬車を使わず馬だけで移動する事もありますが、それでもここまで速く走る事はできません」
私の事はミスズでいいですよと言い、彼女は運転席の近くにあるバスガイド用の補助席に移動してきた。もっとも道案内をして貰わないと困るので近くにいて欲しいのだが、運転席周辺にはボタンが沢山あり彼女はそれらに興味津々。
いや決してミスズの事を言っている訳では無いけれど、子供はだいたいボタンの類が好きだ。降車ボタンや呼び出しボタン何でも押したがる。
ポチッ――
突然アナウンスが流れ出した事でびっくりし、あたふたした後に素知らぬ顔をして話を逸らそうとしたのかミスズはこう話しかけて来た。
「あっ、そ、そういえばシュウさんはどうしてこの国へ来たんですかっ」
もちろんこの国、いやこの世界に来てしまったのは俺の意思では無いし、そもそも俺は単にお盆休みを……
―― そう、それは数時間前の出来事だった。