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キル・ヴァルキリー・コンテクスト -終末の戦乙女狩り-  作者: 福沢雪
cell.3 「ヒューマニズムにヒューマニティはない」とメガネは言った
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少年

 食堂での勉強会が終わると、ハナが少年に言った。


「少年さん、暇ですよね? これからキムさんのお店に行ってみませんか? 行きましょう。行くべきですっ。一緒に行ってくださいっ!」


 誘われる、というよりも請われるようにして、少年はハナと「マーケット」へ赴く。


 医務室のあった五階。その隣の部屋が、キャンプの人々が物を持ち寄る市場になっているらしい。室内では床に広げた布の上に商品を並べ、人々が談笑していた。ところどころにキャンプで見かけない顔もいる。ヘイムダル以外のビジターもいるようだ。


 入り口付近で布を敷いて横になっていた男が、ハナを見て声をかけてくる。


「おうハナ。今日はスゲェのがあったぞ。名前はわからんが、なんかオレンジ色だ」

「こっ、これコスモスですよっ! グラスさん、どこで見つけたんですかっ?」


 男とハナが地名や金額のやりとりをしているのを聞き、少年は少し不満を持つ。


「あっ、違うんです少年さん。タダはダメなんです。ケーザイカツドウです」


 わたわたと手を振るハナ。花売りの男はバツの悪そうな顔で少年を見上げる。よく見れば、朝の食堂で少年に親指を立ててきた緑髪の男だ。本当はタダでやりたいところだが、スズキの決めたルールがあるということだろう。


 ハナは緑髪に数枚の硬化を支払い、コスモスの束を受け取った。早速マーケットの隅に転がっていたジュースの空き缶に花を活ける。


 腕組みしてむんと唸るハナ。少年が見た限りでは、茎が少し長すぎる。


 ハナはジャンパースカートのポケットから小さなハサミを取り出すと、えいやとコスモスの茎を剪定した。再び缶に活けた花は、今度は飲み口ギリギリに顔を出している。


「うう……。お母さんみたいに上手にできない……」


 がっくりと肩を落とすハナ。落ち込む少女が少年の視線に気づく。


「あ、あの、お母さんは、ええと、その……」


 おそらく似人に殺されたのだろう。何も言うなと意志を込めて、少年はハナの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「しょ、少年さん、ほらっ。キムさんがお店出してますよっ」


 真っ赤になって慌てるハナに引かれて、赤髪の女があぐらをかいた店の前に向かう。


「来たな、ワンダラー。なんだったら夜とセットで割引もしてやるぞ」


 キムは棒ヤスリで爪を整えながら体を前に傾けた。缶バッチと安全ピンがジャラジャラ付いた襟の空いたタンクトップ。その隙間から黒いレースの下着が覗く。なぜだかハナがじっとりした目を少年に向けてきた。見てはいけないものらしい。


 少年はキムが並べている商品に目をやった。


 並んでいるのは銃弾や銃器といった武器の類。他に用途のわからないホッケーマスクのようなものから、少年にも馴染みのあるナイフなど様々な物が並んでいる。


「お、テメェいい趣味してんな。それはあたいが作ったククリだぞ」


 少年が手にした湾曲したナイフは、ククリナイフと呼ばれるものだ。これを使う南方の山間部族にはンヌヴァロもうかつに手を出せなかったと、少年は在りし日を懐かしむ。


「キムさんは、トレさんと二人でしょっちゅう武器の研究をしてるんですよっ。夜になると、いっつも二人で隣のビルに篭ってるんですっ」


 ハナが嬉々として説明する。キムの頬には赤みが差す。


 少年はククリの刃を横から眺め、反りや傷を確認している。悪くない出来だった。


「き、気に入ったなら安くしてやるぞ。どうせあたしの武器はござる女しか買ってくれないからな」


 キムが何かをごまかすように、赤髪を掻きながら余計なことまでまくしたてている。


 少年は考えていた。ユニーク・ギアの《首抜き輪杖》はいい武器だが、屋内などの狭い場所ではナイフが役に立つこともあるだろう。ククリを欲しいと思った。


「一万だ」


 少年の視線に気づいたキムが、不敵な表情で人差し指を一本立てる。


 少年はポケットの中を確認した。スズキから支給された「お小遣い」の総額は八千だ。


 足りないなと、少年が諦めかけた時、手元に二枚の千が差し出された。


「使ってください。キャンディと、色々の、お礼ですっ」


 ハナが決意の眼差しで金を突き出してくる。少年は理解した。ハナが半ば無理矢理マーケットに誘ってきたのは、『ケーザイカツドウ』で命の恩人への礼をしたかったのだろう。


 しかし先程財布を覗いた限りでは、それはハナの全財産だった。二千はキャンディと釣り合うものではない。それは少年にもわかる。


 少年は無言でハナに金を突き返した。すると気弱なハナが珍しくムキになって押し返してくる。負けじと再び押し返す。ハナが半泣きで「少年さんのケチ!」と意味不明なことを言い始めた時、赤髪のキムがすべての札を取り上げた。


「毎度。ここで装備していくか?」


 余計なことをするなと少年が睨むと、キムはしれっと少年の腰にククリナイフの(シース)を括りつけた。


「カッコいいです少年さん!」


 ハナがニコニコと少年を見上げる。仏頂面の少年が鼻を鳴らす。それを遠くでスズキが目頭を押さえつつ見守っている――。


 そんな微笑ましい空間に、突如スピーカーの割れる音が響いた。


『大将、リリィ、少年! 至急ラボに来てくれ!』


 緊迫したトレの声に、マーケットの人々が騒然とする。


 少年が駆け出した。ハナがその背を不安そうに見送る。



***



「《メルベリファミリー》が呼び出しに応えねえんだ」


 オリエ博士のラボの隅、トレがヘッドホンに耳を当てながら言った。イラついている時の癖なのか、白髪交じりのアゴの無精髭でごしごしと手の甲をこすっている。


 少年はリリィとアリスの隣に並び、リーダーの指示を待っていた。


「メルベリさんたちに限って『まさか』はないしねぇ」


 オリエがテーブルに並べた血まみれの銃を見て言う。昼にオリエたちが交戦した似人から回収した銃に、メルベリファミリーというシェルのマークが入っていたらしい。


 そしてファミリーとは現在連絡が取れない。しかるにそれは、メルベリファミリーが既に似人に襲われて、壊滅した可能性が高いのだという。


「でも生存者がいるかもしれない。探しに行くべきよ」


 リリィが強い口調でスズキに訴える。


「もちろん探しには行くよ。でも今じゃない。夕方以降に不死勇者を行動させるのは、普通の人間を向かわせるのと同じだ」

「あたしは普通の不死勇者じゃない!」

「そうだね。でもリリィは止め専門だ。似人を倒すには誰かのサポートが不可欠で、相棒のアリスは既に一戦終えて消耗している。そしてメルベリファミリーのキャンプに似人がいる可能性は相当に高い」


 スズキは自分だってすぐにでも行きたいという顔だった。リーダーの立場では仲間の命を守ることが最優先になる。そこには不死勇者も含まれるのだろう。


 スズキは長だが王ではない。しかしその甘さと優しさが、少年は嫌いではない。


「所詮スズキの『人間らしさ』なんてそんなもの。あんたが助けたいのは身内だけよ」


 リリィが蔑むように鼻で笑う。


「手の届く範囲を全力で守ることの何が悪い?」

「別に悪かないわよ。マザーテレサだってそうしたわ。あたしはその輪にあたしを含めないでって言ってんの! あたしは死なない! あたしはみんなの盾よ! 盾が人を守らずに守られるなんて、何の意味があるのよ!」

「リリィもヘイムダルの一員だよ。一人で勝手に死ぬようなことは絶対認めない」


 頑ななスズキを、リリィが怒りを露わに睨みつけている。


「スズキ殿。拙者なら全然大丈夫でござるよ?」


 アリスがむんと力こぶを作ってみせた。それをオリエがたしなめる。


「だーめ。体は元気でもアリスの脳は休息が必要。ギフトが脳に与える負荷を舐めてた不死勇者は、みんな廃人一直線。一度スポイルされた脳は再生できないからね」


 面目ないでござるとアリスがリリィに謝った。少年は一歩前に出て口を開く。


「メガネ」


 アリスをマネて力こぶを作ってみせると、二人のメガネが苦く優しい笑顔を作る。


「少年、生存者の捜索は戦闘だけじゃないんだ。まだこの世界に不慣れな君では、不測の事態に対応できない。適切な判断を下せる経験がないからね」

「だからあたしを行かせてよ! 溝小杉には何度も行ってる! 土地勘もあるし、生存者を守る技術だってあるわ!」


 スズキはメガネの奥でしっかりと目を開き、「ダメだよ」と一言で否定した。


「あんたどんだけ過保護よ! あたしは死なないつってんでしょ!」

「死ぬんだよ!」


 リリィに負けじとスズキが声を張り上げた。そして吐露するように言葉を紡ぐ。


「不死勇者だって心は死ぬ。君たちは不死の体を持っているからこそ、人間らしく生きなくちゃダメなんだ……!」


 空気が重く滞留する。その腐海のように淀んだ沈黙を、少年は右手で切り裂いた。


「二人で、行こう」


 少年はリリィの前に立ち、友好の儀式となる右手を差し出す。


「この……! 新人(ルーキー)のくせに上から見んじゃないわよ!」


 パシンと振り払われた手を、少年はもう一度差し出す。


「おまえが必要だ」

「は、ハァっ? 意味がわかんないんだけど!」


 ストレートな少年の言葉に、リリィが顔を紅潮させて喚く。


「おお! 少年殿、それは愛の告白でござるか? 少年殿はリリィを好きになってしまったでござるか?」

「全然」


 少年はアリスの方を向いてふるふると首を振る。


「なっ、何なのよあんた! こっちだってあんたみたいに無愛想なコミュ障のサイコパス野郎、大っ嫌いよ!」

「行こう。足手まといでも構わない」

「この新人……! 今すぐ殺してあげるわ!」


 子供を扱うような少年の口ぶりに、リリィがついに《ヤドリギ》を構える。それをオリエがクククと笑って制した。


「いいんじゃない? 実地研修だね。リリィ先輩が新人の少年にヘイムダルの仕事を叩き込んであげなさい。リリィは教えるの得意でしょ?」

「そうだね。リリィと少年が二人で行くと言うなら、僕も許可を出さざるをえない」


 スズキとオリエがメガネのつるを押し上げ、意地悪くリリィを見守っている。


 リリィはギリギリと歯を鳴らしてダブルメガネを睨んでいたが、ようやく折れた。


「……食堂にいるから《メディック》の準備ができたら呼んで。アリス、行くわよ」


 二人の少女がラボを出て行くと、スズキが笑った。


「少年、気を悪くしないであげてほしい。リリィは生存者も助けたいけど、アリスにも気を使っているんだよ。パートナーのアリスが疎外感を覚えないように、少年とは嫌々組まされたってことにしたいんだ」


 少年は興味がないと言わんばかりにククリナイフを弄ぶ。


「少年は、意外とおにいちゃんだねぇ」


 オリエが良い物を見たという顔でもふもふと笑った。



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