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キル・ヴァルキリー・コンテクスト -終末の戦乙女狩り-  作者: 福沢雪
cell.3 「ヒューマニズムにヒューマニティはない」とメガネは言った
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オリエ、アリス

 フィンブルの冬以後、社会のライフライン事情はエリアやブロックによって異なる。


 電気、ガス、上下水道といった『管理が自動化された生活インフラ』の生存率はまちまちで、ヘイムダルのキャンプがある大川崎ブロックは水道設備に難がある。


 それゆえ飲料水を確保することは、似人の撃退よりも優先事項となっていた。


「アリス、大丈夫?」


 崩落したビルの瓦礫に身を隠し、オリエが背中合わせのアリスに尋ねる。博士ははいつもの白衣姿ではなく、水着と同じ濃い紫のローブを着ていた。頭の上にはいよいよ魔女のような三角帽子をかぶっている。


「《赤帽子(レッドキャップ)》三体程度なら問題ないでござるよ……ふおぉぅっ!」


 瓦礫から顔を出して敵の様子をうかがっていたアリスが、とっさに頭を引っ込める。その上を、ひゅんと風を切る音とともに9ミリ弾が通過していく。


 水と食料を求めて旧品川区の未緒井町(みおいまち)ブロックまで足を伸ばしたオリエ一行。未緒井競馬場の跡地近辺で水を探索していた時、突然遠方から銃で狙撃された。


 スキー競技のジャンプ台のように街の中央に崩落した高速道路。その坂道の頂点に似人レッドキャップが三体いるのを発見し、うち一体が対人狙撃ライフルを所持していたため、オリエとアリスは道路の坂を物陰に身を隠しながら登頂しているところだった。


「問題はないでござるが、拙者とオリエ殿では武器の相性的に厳しいでござるな」

「そうだねぇ。こんな時にあれだけど、アリス。まだ『ギア』を使う気になれない?」


 オリエの問にアリスは申し訳無さそうな顔をして視線を地面に落とす。


「……拙者は、リリィと二人がよいでござるよ」

「ん、わかった。じゃあもう聞かない」


 オリエは笑って腕だけ伸ばし、背中合わせのアリスの頭をわしわしと撫でた。「か~た~じ~け~な~い~」とアリスの謝罪が揺れる。


「ま、どのみち今エクストラに止めを刺せるのは、私の《風見鶏(フレスヴェルグ)》だけだしね」


 オリエが赤いメガネのズレをくいと直す。


「しかしオリエ殿は生身の人間、危険すぎるでござるよ。ここは二人で敵を足止めして、リリィか少年殿を待つのが上策でござる」

「敵にライフル持ちがいる以上、少年だって簡単には近づけない。リリィも腕をふっ飛ばされたら《ヤドリギ》を握れない。そして私は軍にいた経験がある」

「それならせめて拙者が囮に――」


 食い下がるアリスの頭にオリエがぽんと手を置いた。


「私はアリスを信頼してる。じゃ、ちょっと準備してくるよ」


 言い置いて、オリエは高速道路の坂道を駆け下りていく。


「まったく無茶苦茶でござるよ……」


 アリスは肩で大きくため息をつき、再び瓦礫から顔を出した。


 高速道路の坂の頂点。通行を遮るように横向きに停車した観光バスの中に、レッドキャップ三体が籠城していた。


 レッドキャップもバーナードと同じく、眼球の中に瞳孔はない。しかしそれを除けば三ヶ月無人島に暮らした人間とほぼ同じ外見だ。レッドキャップが他の似人と異なるのは銃器を器用に扱うこと。そして、頭に工事用パイロン、バケツ、女性用下着など、獲物の血で真っ赤に染めあげた『赤帽子』をかぶっていることだった――。


 パララララと、軽い射撃音がして、アリスが身を隠した瓦礫に穴が開く。


「この距離ではサブマシンガンは当たらないでござるが、拙者のサイコキネシスも届かないでござるな。しからば」


 銃弾の雨が止んだタイミングで、アリスは瓦礫から転がり出た。


 身を低くして坂をジグザグに走る。ズシャシャ、ズシャシャと、遠雷のような射撃音がすぐ背後からを追ってくる。アリスは慌てて手近な遮蔽物――車の陰に転がり込んだ。


「さ、三連バーストで狙われたでござるよ! 最近の似人は基礎が完璧でござるな」


 しかしこれで敵の所有武器は確認できた。


 対人狙撃ライフルに、サブマシンガン。それに最後のアサルトライフル。厄介な近~中距離武器が、横向きに停車したバスの右手、運転席方面に固まっている。


 アリスは肩掛けにしたバッグを開け、中から包丁やハサミといった刃物を取り出した。


 意識を脳に集中し、サイコキネシスで九本の刃物を宙に浮かべる。


 そこへ、パァンと何かが破裂するような音が響いた。


 刹那、高速道路の坂の下から、猛スピードで巨大なバイクが迫ってくる。


「行くよアリス!」


 自慢の愛車、ヘヴィ級クルーザーバイク《V1000スレイプニル》に跨ったオリエが、紫のローブをなびかせて轟音とともにまっすぐ坂を登ってきた。


「トホホ。不死勇者が人間の陰に隠れるなんて、本来役目が逆でござるよ」


 こぼしながらアリスはスレイプニルの後部座席に飛びつき、オリエの腰に腕を回した。


「ほらほらしっかりつかまって! 魔女(ウィッチ)なショーが始まるよ!」


 バイクは一段とスピードを上げ、あえてか遮蔽物のない高速道路の中央を登っていく。


 バスの左手でライフルを構えたレッドキャップが、照準が合わずに戸惑っている。


 バスの右手に影が一つ浮かんだ。その手にはアサルトライフルが握られている。アリスが慌てて刃物を飛ばす。しかし一瞬間に合わず、レッドキャップの手元が火を噴いた。


 オリエがハンドルを握ったまま前のめりになる。アリスも伏せて銃弾をやり過ごす。しかし複数の銃弾のうち、二発がオリエの顔を目掛けて飛んできた。


 飛来する鉛の塊が、オリエの赤いフレームのメガネを撃ちぬく直前――。


「メガネリフレクト!」


 銃弾は確かに当たった。が、それはレンズと眼球、そして頭蓋を貫通することもなく、射撃したレッドキャップの元へと跳ね返り、グリップを握る汚れた右手を撃ち抜いた。


「これが《風見鶏》の力、その一だよ!」


 アサルトライフルの似人が銃を落として呻く。オリエがかっかと高らかに笑う。振り落とされそうになったアリスが、「のわわ」と必死にビキニの胸にしがみつく。


 その時、獲物が射程距離に入ったと見たか、サブマシンガンのレッドキャップがバスの窓から飛び出してきた。


 パラララと軽い射撃の音。オリエは臆せずアクセル全開。弾丸をメガネリフレクトで弾きながら、そのままサブマシンガンの似人をバイクの前輪で跳ね飛ばした。


 アリスは目を回しながら必死にサイコキネシスで刃物を飛ばし、レッドキャップたちの銃撃を妨害する。


 V1000スレイプニルがジャックナイフターンで急停車した。オリエはその勢いのまま、「アチョー!」と窓を蹴り破ってバスに進入する。アリスも慌てて後に続く。


「メガネヘッドバットォ!」


 車内の最奥に陣取ったライフル持ちに、オリエが頭突きをかましていた。すぐさまローブの内側から五本のバレルが星形に並んだショットガン――《魔弾の射手(ブリューナク)》を抜く。


 座席にもたれてダウンしたライフル持ちのレッドキャップ。その白い眼窩にぐちゃりと銃口をねじ込んで、オリエは宣告した。


「グッバイ、新兵(ニュービー)


 ドン、と打ち上げ花火のような音がして、レッドキャップの頭が破裂した。オリエが薄く目を閉じて、血と硝煙の臭いを嗅ぎながら、「ほい、1キル」と口をニタリと歪ませる。


「オリエ殿!」


 チェーンソーでアサルト持ちの首を落としていたアリスが、オリエの背中に叫んだ。


 サブマシンガンを捨てたレッドキャップが、ナイフを構えて魔女の背後に飛びかかる。


 オリエは敵に背を向けたまま、お辞儀をするように前方に傾いだ。同時にブーツの足が振り上がる。その踵から、ジャキンと飛び出す医療用のメス――。


 顎と脳天をメスで貫かれ、レッドキャップがどうと倒れた。



***



 その後、バスの車内に「3キル」したレッドキャップの体を並べたオリエは、《風見鶏》でじっくりと検死した後、メスを用いて似人の再生細胞を取り除いた。


 そんな女医を見てアリスは呆れていた。


「オリエ殿はもはや人間ではないでござるよ。百年生きた魔女でござる」

「あーら嬉しい。アリスには私がそんなに若く見える? ……ん?」


 床に転がっていた血まみれのサブマシンガン。その銃床に貼られたステッカーを見て、オリエが大きく息を呑む。


「アリス、速攻で戻るよ!」


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