リリィ、アリス
夕方。ヘイムダルのキャンプである五階建てオフィスビルの屋上。
胸の高さほどの柵に寄りかかり、二人の少女がたそがれている。
柵に背中を預けた少女は、十三、四の面立ちだった。夕日が伸ばす自分たちの影を見ながら、チラチラと隣の少女を気にしている。
その隣、柵に肘をついて顎をのせた少女は、不機嫌に遠くを見ていた。視線の先には空爆で焦土と化したかつての空の玄関口、そして黒い油膜と分解されないプラスチック片に覆われた腐った海が見える。
「リリィ、そろそろ戻らないとみんな心配するでござるよ」
影を見ていた少女が言って、よっと柵から体を起こした。水色のエプロンドレスの背中を払い、くるりと隣を向いてみせる。その瞳はガラスのような薄い青だ。ふわりと揺れた金色の髪は、頭の上で白いリボンが小奇麗にまとめている。
「わかってるわよ」
リリィと呼ばれた少女が苛立たしげに吐き捨てる。
声の調子こそ乱暴だが、少女の顔立ちは整っていた。色素の薄い肌に血管が赤く透けている。二つにくくった髪も艷やかで、白金の糸を思わせる。頭の上には黒いヘッドドレスを飾っていた。スカートも黒いフリルがパニエで小気味よく膨らんでいる。
全身黒づくめの衣装に肌の白さも相まって、暮れなずむ廃墟を睨む少女は人形を思わせる様相だった。
二人並んだ少女たちは、背格好も、年頃も、流れる金色の髪もよく似ている。
表情だけは大きく違うが、水色の愛くるしさと黒の芸術性には、どちらも無垢な少女の象徴的な美しさがあった。
「そんなに気にすることないでござるよ。あの少年も拙者たちと同じく不死勇者という話でござる。きっと今頃は復活しているでござるよ」
「アリス、うるさい」
リリィに拒絶され、アリスと呼ばれた少女がしょんぼりと肩を落とした。
そんなアリスに同情するように太陽がゆっくりと沈んでいく。入れ替わるように空から静けさが降りてくる。無音と至近の屋上に、寂しさを煽るように闇が広がり始める。
「死ぬのは……あたしだけでいいのよ」
燃えるような目をしてつぶやくリリィ。その頭上にアリスがぽんと手を乗せた。すぐにその手が払われて、アリスはぶうと小さくむくれる。
「リリィは自己犠牲的なくせに反抗期。まさに滅私暴行でござるな。ブフッ」
「うるさい! アリス、黙んなさい」
「大丈夫でござる。いかなることがあっても拙者はリリィの味方でござるよ」
「そうじゃないわよ! 今シャッターの閉まる音が」
二人の少女がフェンスから身を乗り出し、地上を見下ろす。
闇が広がる死んだ街を、少年の影が走り抜けていく。