2.シンカと不愉快な仲間たち2
その頃シキは、ステーションのリドラ居住区にある、ミストレイアの支部に顔を出していた。そこは以前、シンカがセイ・リンとともにレクトに保護されたところだ。
さほど広くない十人前後のための会議室で、スクリーンに地図を映しながらシキは体格のいいリドラ人に今回の旅行の行程を説明した。
「なかなか、忙しい旅行っすね」
変わったなまりのその男はジンロと言う。
レクトの直属の部下だ。腕が立つので、シンカの格闘技の先生もしていた。その縁で【ナイツ】ができるまではシンカの一人歩きに同行していたり、二人で格闘技の大会を見物に行ったりと、親しくしていた。
「まあね。しかし、あの【ナイツ】のやつら、なんとかならんかな」
「そんな窮屈っすか?この間、陛下に会ったときも【ナイツ】のこと言っていたっすよ」
「最悪だぜ。レクトさん、わざと、シンカに一人歩きさせないつもりで、ああいうのをあてがってるんだろうけどさ」
「まあ、そうっすね。実際、シンカは自分ひとりのことなら、なんとでもできるっすから。かえって、足手まといでしょうね」
「な?わざと、シンカが出かけにくくしているとしか思えん。嫌がらせだぜ」
「レクトさんは、心配なんすよ。それに、世の中にはそういうのもいるってこと、陛下にはいい勉強じゃないっすか。有能な人間ばかりでもないし、利口ばかりでもない」
「俺は、いつまで我慢できるか分からん。殴ったらすっきりしそうだぜ」
そこで、ジンロは四角張った顔をほころばせて、面白そうに笑った。テーブルを軽くたたいて。彼がそこまで感情を表現することは珍しい。
「そこまで来てるっすか!俺は同行しなくてよかったっすよ!」
「ああ、ジンロなら殺してるな」
シキは煙草の煙をため息とともに吐き出す。
「シキさんは、優しいから」
「ふん。シンカに迷惑かけてみろ、絶対許さねえ」
「まあまあ」
「ジンロ、お前でもちゃんと把握しているシンカたちの行動を、あいつら同じ建物にいたくせに見てないんだぜ、無能にも程があるって」
「まあまあ。いざとなったら、俺が始末をつけるっすから」ジンロは面白そうだ。
「……すまん。愚痴になった」
ジンロの「始末」という言葉に、逆に毒気を抜かれてシキは肩の力が抜けた。
ジンロとシキは同じ年齢だ。それぞれ、人種も育った境遇も違うが、何か似たような感覚があるらしく気が合う。
地球の荒廃した地下街で育ったジンロは冷徹で、あまり感情を表に出さない。尊敬するレクトの命令であれば何でもやる。そういう汚い仕事のために雇われていることを本人も理解していて、そこが特権階級とは違うところと、自負しているふしがある。
リュードで世をすねて傭兵として転々としていたシキは、どちらかというと感情が素直に出る。思ったとおりに行動してきたし、腹の探りあいのようなことはあまり得意ではない。ジンロは、感情が乗れば何でもやるくせに、それ以外のものに左右されないシキの奔放な性格が面白いと思っている。
そう、例え任務でも理不尽と思えば実行しない。ミストレイアの前線で小隊を率いるくらいがちょうどいい。部下にも人気があった。
シキ本人も直接行動する位置にいたいと常に言っていたが、レクトの命令で地球本部長という役職付きになっている。彼と同じような地位を占める組織に染まっている人間にしてみれば、シキのような人物は扱いにくい存在だ。それを承知で、シキを役につけるレクトの考えはジンロには分からない。
シキは今回の旅行に、密かにジンロが警護のフォローとして派遣されたことに関してのみ、レクトに感謝していた。
さすがに、シキ一人であの二人を相手にしながらの旅は不安もあった。
友人として旅行に参加しているだけではあるが、シキは皇帝を護る事を当然の義務のように感じている。それは、【ナイツ】の二人には理解できないことだろう。
「それじゃ、俺は一足先にリュードに行ってるっす。また、連絡しますよ」
「ああ、助かるよ」
ジンロはシンカたちの行程を先回りし、状況を確認してくれる予定だ。
二人は固く握手を交わした。
夕刻、ミーティングを兼ねての夕食には、全員が顔をそろえていた。
シンカとミンクは、楽しかったのだろう、二人だけに分かる市街の話題を小声で話して笑いあっている。
「お前ら、裏通りには行ったのか?」
「え、そんなのあるの?」
ミンクが不思議そうに、シキを見つめる。黒髪の男はにんまりと笑う。
裏通りには、淫楽街と呼ばれるいかがわしい店が建ち並ぶ。シンカはそこを避けて歩いた。
「行ってないよ。シキ、余計なこと言うなよ。」
「え、なあに?なあに?」
「お前は知らなくていいんだ。どうせ、昼は開いてないだろ?」
「違うんだな、こういうところはさ。」
「え、昼間からやってんの?」
シンカが話しに乗る。
「もう、なんのこと?」
一人分からないミンクは、すねる。
「皇帝陛下がなさる話題ではありませんね。」
冷ややかな一言が、三人を黙らせた。
レンだ。
「じゃあ、政治の話でもするか?」
シンカが穏かに、でもいやみに言った。
「じゃあ、俺は戦場の話でも?」とシキ。
「私は宇宙史の論文の話題?」ミンクも協力する。
「論文はさすがにつらいなぁ。」
シキがぼやいた。
レンは言葉を詰まらせた。
「食事が、冷めますよ。」
カイエがしらっと、一言で張り詰めた空気を収める。
「ほんと、そうだな。これ、美味しいし。」
「うん。」
三人は気を取り直す。シンカが、思い出す。
「そうだ、卒業式にあった、リパーナがね、セトアイラスの航空管理庁のパイロット試験合格したって。アシラが、反対していたくせに、すごく嬉しそうに言うんだ。」
「そりゃ、すごい。」
「すごいことなの?」
「もちろん。彼、きっとすごいパイロットになる。今度会うのが楽しみだな。」
すぐに笑い顔になる三人に、レン・ムラカミは眉間にしわを寄せて、あからさまにいやな顔をする。
「レン、同席して食事できるだけでもありがたいことなのよ。自分の立場をわきまえなさい。」
小声でカイエにたしなめられても、茶色い細い瞳をシンカに向けたまま、青年は表情を変えない。その視線は、憎しみに近いものを感じさせた。
温かい、チキンのグリルを味わいながら、シンカはレンの様子を感じ取っていた。
彼は、少し危険な存在になるかもしれない。