2.シンカと不愉快な仲間たち
セダ宇宙ステーションを、専用の小型高速戦艦ニーヒスケルスに乗り込んで旅立つこと、一日。
シンカたちは久しぶりにリュード宇宙ステーションに降り立った。
そこは惑星リュードが探査の時代から作られた小さい規模の宇宙ステーションだ。以前シンカが皇帝になる前、デイラの帝国研究所の爆破から逃れた彼らが身を寄せた場所だ。
あの当時レクトによって破壊されたステーション内の帝国研究所は、今は再建され主にブールプールの研究所にユンイラの成分を届けるための機関になっている。
午前中、簡単に視察をすると、シンカはミンクとともに姿を消した。
自由行動。
そう言って飛び出していった二人をシキは面白そうに見送った。
「シキさん、陛下はどちらへお出かけですか?」
生真面目な表情を解かないカイエが研究所の客間でくつろぐシキに問い掛ける。
金色の髪を肩までの長さにそろえ、茶色の少し小さめの一重の瞳がバランスよく乗った彼女の顔を、シキはゆっくり眺める。人によっては、それは少しいやらしい視線のように感じるかもしれない。
「なんですか?」
カイエが視線に気付き軽く睨みつける。睨まれたシキは面白そうに笑い「いや、あんた、少し笑ったほうが可愛いんじゃないか?」などと抜かす。ミストレイアでは黒髪の獅子とか呼ばれる男に、カイエはあからさまに嫌な顔をして見せた。
「そんなこと今は関係ないと思いますが。それより、陛下はどちらへ?」
「ああ、ステーションの商業地区に見物に行ってる。なんだかんだ言ったって、子供だよなあ。ま、ここならあいつの正体に気付く人間も少ないしな」
「なぜ、お二人だけで行かせたのですか!陛下を危険に晒すわけには」
シキは、開いていたネットワークニュースのホログラムを閉じて、立ち上がった。
「さあ、俺は俺の判断でこうしているし、シンカたちが決めたことだ、止める理由なんかないさ。それにシンカは、あんたたちよりずっと上手くやれる」
「何をですか?」
「いつかレクトさんが言ってた。シンカが情報部のエージェントになれば、俺以上かもしれん、ってな。あいつは腕も立つし機転も利く。一人だと多少危険なことも平気だが、ミンクが一緒なら無茶はしない。きっちり時間までには戻ってくるさ」
カイエは顔を赤くして、部屋を出ようとするシキを止めようとする。
「ですが、私たちの立場も考えていただかないと!」
その手をふいとよけて、シキは鋭い視線を向ける。それは、先ほどまでにやけていたものと同じとは思えない。
「あんたたちの立場ってなんだよ。そこまでして護るってんなら、目を離さなきゃいいだろう?シンカたちは別に、こそこそ出て行ったわけじゃないぜ。自分たちのミスを棚に上げて、立場を考えろだと?ふざけるな」
カイエは黙った。
「俺は、人に会う約束がある。予定しているミーティングまでには帰る」
片手をあげて、シキは出て行った。
カイエは胸に手を当てていた。
宇宙最大の軍事企業とはいえ、民間企業。そのエージェントに馬鹿にされる覚えはない。苛立ったもののシキの迫力に言い返せず、苦いものをかみ締めていた。
宇宙ステーションの商業区はとてもにぎやかだ。狭い通路に大勢の観光客が行き交い、小さい商店の一つ一つが混雑している。人工の空調で自然風に似た循環がなされているはずなのに、人いきれに気温は上昇しているようだ。
歩き回りつかれた二人は小さな喫茶店で休憩を取ることにした。
以前はここにまで足を踏み入れる余裕がなかった。シンカはミンクよりはしゃいで見てまわっていた。売っている物の珍しさもあるが、彼の着眼点は少し普通と違っている。
「ほっといても客が入る仕組みなのにさ、商店協会がいいんだろうね。店の配置とか、流動線とかしっかり意識されているな。定期的な入れ替えもあるみたいだし、辺境だからって品揃えは決して見劣りしないな」
ミンクは口を尖らせた。そういう話より。
「私、あのネックレス欲しかったなぁ」と訴えるのが彼女にとっては大切だ。普段デートなんか出来ない、だから二人でゆっくりアクセサリーを選ぶとか、手をつないで歩くとか。そういうことに憧れがある。
「ミンクには、もっといいものをあげるよ。だから、だめ」
「だってぇ、気に入ったものが欲しいものなんだから」
頬を膨らますそのしぐさが、昔とちっとも変わらないことを楽しむように、シンカはくすくす笑う。蒼い瞳が微笑むと、とてもきれいでミンクは少し照れる。
「今準備中なんだ。きっと、すごく気に入るよ」
「本当に?」
アイスクリームを口に運びながらミンクは赤い大きな瞳で、上目遣いに見つめる。
「……そういわれるとなぁ、お前、普通の女の子と価値観少し違うからなぁ。自信ないかもしれない」
「ね、普通の女の子って、どういうこと?」
「え?」
「だから、誰のこと?」
笑い出すシンカ。
真剣なミンクはどこかの誰かと比較されていると勘違いしたのかますます不機嫌だ。
「ミンク以外の、どうでもいい女の子のこと」
額に手を当てられ、正面から真剣に見つめられると、ミンクは顔を赤くする。
「そうやって、ごまかすんだから」
視線を逸らして拗ねる少女にシンカは微笑む。
「シンカ、大公のこともごまかしてるでしょ」
「?大公のこと?」
首をかしげる。大公のことで、隠し事は無いつもりだ。
「シキが言ってたもん。大公はね、シンカのこと大好きなんだって。どんなコレクションの人たちよりも特別なんだって、雑誌とかでも言ってるって」
「うん。そうだね」
ほら、とミンクがますます顔を怖くする。
「シンカ、コレクションじゃないって言ったじゃない」
ぷ、と噴出してシンカは頬杖をしたまま、ミンクの上目遣いの額をつんとつついた。
「おいおい、なにを誤解してるんだよ。ミンク。大公のコレクションって言うのはね、誤解され易いみたいだけど、資金を支援しているだけなんだ。見返りは無いけど、定期的に何をしているか、報告するらしいんだ。大公はコレクションが、何を目標にどう生きようとしているかに興味があるんだ。コレクションの人生に興味がある。プライベートなことも話さなきゃいけないだろうから、ちょっと勇気はいると思うけどそれで資金援助してもらえるんだ、なりたい人は多いよね」
「だから〜。シンカも、そうなの?」
「違うよ。俺は友達なんだ。大公は気付いていないんだ。友達なら金を払わなくても相手の人生に直接関わって生きられるだろ。コレクションにしなくたって、大切な友達がどう生きているのかとか、普通は見守れる。大公は金で友達を買ってしまったんだ。そんなことしなくてもよかったのに。そうしてしまうとさ、今度は、金目当てで友達になろうとする輩が出るだろ。それで感覚が麻痺しちゃったんだよ。きっと」
長く生きていくと、自分が年齢差のある相手と対等だと考えられなくなっちゃうんだろうね。だから、友達を作ることができなくなって、でも、それじゃ寂しい。結果的に、コレクションに行き着いたわけだ。そう、シンカは笑った。
「寂しいの?大公」
「そうだと思うよ。だから、俺はただ、他の友達にするのと同じように接しているだけだよ。ね、ミンク。コレクションで大公は誰かの人生を見ることはできる。まるで、よくできた物語を読むようにね。でもそれよりさ、友達として誰かの人生にちゃんと関わっていけたほうが、きっと素敵だと思うんだ」
そう語るシンカの真っ直ぐな視線は眩しい。ミンクは何度も瞬きする。
「うん。そうだね」
シンカはただ、当然のことをしているだけだった。シンカが大公を大切な友達と感じたから、大切にしているだけなのだ。それがたまたま大公にとって、貴重な存在になった。
シンカは常に自然だ。それが誰かを幸せにしていることを、本人は気付いていないのかもしれない。
シンカはココアを飲もうと口元に運びながら、まだ熱いのだろう、小さく舌を出してテーブルに戻した。
「あち」
「やあね、子どもみたい」
ミンクに笑われながら。
シンカは大公が友達を作れなくなった本当の理由を想う。
友達を作ってしまえば、それがセダ星人でない限り、彼らは大公より早く死んでしまう。それを見送ることが哀しいから、親しくなることを避けたんだ。その気持ちが俺には分かる。だから、大公より長く生きられる俺は、大公にとって、安心して付き合える友達なんだ。
セダ星人が、自らの長寿を疎ましく思うようになったのも、きっと、そう言うことが原因なんだ。セダ星人を絶滅させるわけには行かない。だから、長寿の人種であることを肯定的に考えられるようにしていかなくちゃな。
少し、仕事のことに考えが及ぶ。
その遠い目をする、太陽帝国皇帝を、ミンクは尊敬のまなざしで見つめていた。