1.はじまりの予感6
「だから、俺は反対だって。」
そう言いながら、シキが部屋に入ってきた。
「お、悪いなシンカ。」
二人がバルコニーで夜空の宇宙を見つめていることに気付き、長身の黒髪の男は豪快に笑って謝った。
さして、悪いと思ってもいないようだが。
「どうした?」
シンカの問いには答えずに、シキが不機嫌そうにリビングのソファーにどかっと座った。彼に続いて入ってきた金髪の背の高いリドラ人の青年が、少しつり気味の細い目をちらりとシンカに向けた。
決して、親しみを感じている表情ではない。
彼は、シンカが一般人として、市街に出るときに警備する役割を果たす、「ナイツ」と呼ばれるチームの一人だ。レクトがシンカのために情報部から派遣している。シンカにとっては決して嬉しい存在ではない。見張り役のようで、彼らと市街に出ても楽しくはない。
シンカも、ミンクとともに室内に戻り、かなり広いそのリビングで思い思いの場所に座る。
通常、身分で言えば一番上のシンカが座るべき一人がけのソファーには、そのナイツの青年、レン・ムラカミがすでに座っている。
気にするシンカではないので、ミンクの隣に座った。
「私は当然のことを言っています。」
リドラ人の青年は、腕組みをしながらシキを睨んだ。
シキは、ソファーの背もたれに腕をかけて、ナイツの青年を睨む。どうも、彼らは仲が悪い。実際、ただの警備員であるレンに比べ、皇帝の親友で、ミストレイアコーポレーションの地球本部長であるシキのほうが、年齢でも社会的立場でも当然上だった。それを、まるで対等のような態度で接するレンは、何の自信があるのか、シンカに対しても決して誉められた態度ではなかった。
「説明してくれ。」
シンカが微笑んでシキに話し掛ける。
シキは、少しのびた黒い前髪をかきあげながら、隣に座るシンカに説明を始めた。
「レンが、白い大陸の研究所ではなく、南陸の地の研究所から行くべきだって言うんだ。」
「なんだ、行程のことか。それは、もう、決めただろ。」
シンカがレンを見つめた。
「陛下、今の時期の白い大陸からの陸路の旅は困難です。多少遠回りになっても、南陸の地からのほうが安全です。」
「だめだよ。レン。それでは時間が足りなくなる。予定の都市をすべて回れなくなる。」
確か二十五歳くらいだと聞いたナイツのエージェントに、シンカは穏かに言った。今回の旅行は、半分はミンクとの婚前旅行、半分は皇帝としての視察が予定されている。その行程については十分検討された。
惑星リュードには、いくつかの太陽帝国の研究所があり、そこは、惑星リュードの自然や文明、先住民族の歴史など、様々な調査をしている。無人大陸の研究所に、シャトルで降り立ち、そこから陸路あるいは海路で、有人大陸に渡る予定だ。リュードの人々に、太陽帝国の存在を、知られてはいけないからだ。
「ですが、未開惑星の冬の時期を、徒歩で旅するなんて、無謀です。それとも陛下は、高速艇で首都まで飛ぶおつもりですか。」
噛み付くように話す口調は、挑戦的で、それが相手に与える印象を分かって話しているのか怪しく感じる。
「徒歩が嫌なら、そうだな、犬ソリを使ってみようか。」
メイドに出された飲み物を受け取りながら、シンカは言った。犬と聞いて、ミンクが少し嬉しそうな顔をする。ミンクも、受け取ったココアを口に運ぶ。
「同じことです。時間はかかっても、南からのほうが安全です。」
シキがじろりとレンを睨んでいた。レンはその意味がわかっていない。
「レン。嫌なら、大公とともにセダ星に行ってくれていいんだけど。」
シンカが思いついたように言った。
そのほうが、シキも、ミンクも、そして俺も気楽でいい。レンは何かにつけ、文句を言って来る。自分では理論的な正しい意見だと思っているらしい。けれど、それは、もともとの理由がおかしいことが多い。
今回のこの話も、結局は、大変な旅をしたくないという、自分勝手な理由だろう。自分のための理由で意見を言って、通る状況でないことくらいわかるはずなのだが。第一、警備の仕事を担当しているだけなのだ。行程にまで口を出すこと自体間違っている。
それを、シキは言いたいのだろう。
シンカの申し出に、レン・ムラカミは少し躊躇した。
彼にとっては魅力的な提案だったのかもしれない。いや、計算しているところか。
そこに、大柄なリドラ人の女性が入ってきた。
レンの先輩に当たるエージェントで、カイエという。彼女は、レクトが推薦するだけあって有能な人物だ。シンカも頼りに出来ると思っている。
「レン。任命された内容をちゃんと覚えているんでしょうね?」
「それは、・・そうです。陛下、私は陛下の警備を命じられています。やはり、南陸の・・」
「馬鹿。」
一言そう言って、シキが席を立った。
あまりに腹が立つので、怒鳴りそうになっているのを我慢している。
「なんです、それは!」
レンがいきり立った。
「レン。」
にらみ合う二人を見て、シンカが若いエージェントに言った。
「君の意見は却下する。これ以上、行程に意見は必要ない。まあ、犬ソリは、ミンク。乗りたいのか?」
傍らでミンクが嬉しそうにうなずいた。
「犬ソリの手配は俺がするから、君は何もしなくていい。分かったな、レン。」
シンカの、口調はあくまでも丁寧なのだが、言われた青年は不服そうな表情のまま、部屋を出て行った。
ガッ!
シキが壁を蹴った。
「悪いな、シキ。でも、壁相手に怪我しないでくれよ。」
シンカが、笑う。
「お前、よく我慢できるな!お前の部下じゃなきゃ、いつでも俺はぶっ飛ばすぜ。」
「すみません、お二人とも。私も常々、厳しく言うのですが。」
カイエが、恐縮したように謝る。
「レクトが、彼をよこしたんだ。どう思う?」
シンカが、首の後ろに手をやりながら、考える。
「俺にはあの人の考えは分からん。」
「旅行に反対してたからな。嫌がらせかな。」
ぷっ。シンカの言葉に噴出すミンク。
「笑えねえよ。」
シキの表情が少し和む。
「軍務官は、そのようなことはなさいません。」
カイエが、静かな表情で、三人を見つめた。
彼女の茶色い瞳は、真剣だ。
レクトの元で、働いたことがあるといっていたから、彼に何かしらの感情を持っているのかもしれない。
それは、誰が見ても分かる態度だ。シンカ、ミンク、シキの三人は見合わせた。
「やるな、あの人なら。」
シキは大きめの口でニカッと笑って見せる。むっとするカイエ。
「まあ、まあ、カイエ、そろそろ休もうよ。時間も遅いしね。明日の大公の見送りに、寝ぼけていちゃいけないからね。」
シンカが提案する。
「はい。おやすみなさい。」
そう言って、丁寧にお辞儀をして、女性エージェントは部屋を出て行った。
見送ったシキは、ぐっとのびをして首を回す。
「ほんとに、すまない、シキ。」
「でも、本当に今回の人選は、ちょっと嫌がらせだよね。」
ミンクも、髪を整えながら、シキを見上げた。
「ああ。カイエもなんだかなぁ。」
今年三十八になるシキに対する態度にしては、カイエも十分、横柄だ。彼女も三十そこそこと聞いている。シキがレクトと親しいことが気に入らない様子なのだ。
「な、シキ。俺がナイツを嫌がる理由わかるだろ。」
シンカが、立ち上がっていった。ミンクもそれに習う。
「そうだな。みんなレクトさんの前ではいい子なんだろうけどな。あの人がそれに気付かないはずは無いしなぁ。」
「だから、嫌がらせ、なんだよきっと。自分だけ仕事で来られないからってさ。」
「せっかく久しぶりに、リュードに帰れるって言うのにね。」
ちょっと、寂しそうにミンクが言う。
「そうだな。せっかく帰るんだ。彼らのことは気にしないようにしよう。また、三人で旅したときみたいにさ、楽しくできるよ、きっと。」
シンカは、四年前のことを思い出していた。この三人だけで、旅をした。
それは、とても楽しかった。
「そうだな。」
「うん。」
シキも、ミンクもうなずいた。




