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8.星に還る8

さて。最終話、です。

カナス・ルーランの証言で、ルーラン卿は有罪となり、リドラ人自治政府は組織の改変を求められた。今は、太陽帝国軍の監視下にあり、暫定としてすべての指揮をレクト・シンドラが執っていた。

もともと、領土を持つ政府ではない。リドラ人全体が支持する政府でもなかった。正式にはリドラ人は地球人と同じ扱いであって、属する惑星は地球なのだ。そして、リドラ人の大半は、すでに地球人として生きたいと願っていた。リドラ星が滅びて長い年月がたち、民族意識はうすれていた。

宇宙のあちこちに広がっているリドラ人たちの間で、その頃不思議なうわさがささやかれた。

一日のうちに、ある時間になると惑星リドラの様子が見られるというものだった。それは、政府の広報でもなく、何の前触れもなくネットワークの画面に現れるという。

その、美しい惑星の姿、地表を覆う草花の景色。以前、帝国が公表したリドラ星の風景に似ているが、それとも少し違う。どうやら、今現在のリドラの姿らしいといううわさが流れた。それが、なぜか、リドラ人にはリドラ星の姿であると、実感できるのだった。現在生きているリドラ人で、リドラ星に暮らしたことのあるものはいない。惑星リドラが破壊されてすでに、六百三十年が過ぎていた。

しかし、そのうわさは、瞬く間に、リドラ人たちに広まり、皆、熱心にネットワークの画面を見つめるようになった。

そして、それを見たものは、必ず実感するのだ。

こんなに感動するとは思わなかったと。そこで、実際に生まれたわけでもないのに、細胞一つ一つに息づく彼らの遺伝子は、その懐かしい記憶をよみがえらせていた。

それは、太陽帝国軍務官の身にも起こった。

帝国軍総司令部の執務室で、彼はいつもどおり、秘書官の報告を受けていた。

季節は秋。窓に落ちる紅葉が、時折レクトの視線を奪った。なんだか、落ち着かない日だった。午前中に、シンカの見舞いに行き、相変わらずの白い顔を数分眺め、ミンクが席を立った間に、少し一方的に話した。

聞こえてもいないだろう、その青年に、レクトは思い出話をした。なぜ、そうしたのかは、分からなかった。ただ、シンカの表情が和む気がして、つい、昔の話とか、初めてロスタネスに出会った頃の話など、今まで誰にも語ったことのない話を、一人で続けた。

「あの頃の、彼女と、お前、ずいぶん似ているんだぞ。分かっているのか?」

そっと、額をなでる。

ふいに、切なくなって、瞳を閉じた。なぜ、目覚めないのか。あの、蒼い瞳を二度と見せないつもりなのか。

そこに、ミンクが戻ってきた。

そんなことを、ふと、紅葉の落ちる姿に思い出しながら、端末を開いたときだった。

ふわりと、室内いっぱいのホログラムが起動した。

白い砂。青い海。透明なその海に、グラスグリーンの海藻類が、もやもやとゆれる。映像は俯瞰に変わり、その、リドラの島が青い海に囲まれていることが分かる。すぐそばに大陸もある。草原、風になびき金色の小さな花が揺れるさまは、見事で、夕日がきらりと光ってまぶしいくらいだった。目を細めた向こうに、ロスタネスの姿があった。

「これは。」

秘書官が、驚いて、部屋を見渡した。

「ロスタネス。」

レクトがポツリと言った。

風景は消えた。

静寂に、包まれる。

「まさか、・・・シンカ、なのか?」



惑星リュード。美しい蒼い星はそのままに、しかし、そこに住む人々は、再び深い傷を負っていた。

戦艦グライアスが放った砲撃は、二発のみだったが、それだけで聖帝国ファシオンの領土の三分の一を破壊した。奇跡的に、失った人命が百人に満たなかったのは、キナリスの政策が功を奏したからだと、言われた。

しかし、人体に有害な放射線を含むそれらの影響を正確に把握することはまだ、困難だった。太陽帝国軍から派遣された医療チームと復興チームの案内を仕事として、シキは再びリュードの地を踏んでいた。

復興チームに参加していたバンデクスと再会し、シキは握手した。

「あなたが、歴史ではなく環境復興に努められるとは思いませんでした。」

そういったシキに、初老のバンデクスは、あごの無精ひげをなでつつ笑った。

「いえ、私も一応、地質学者として、協力しようと思いましてね。それに、たまには過去ばかりでなく、これからに貢献するのもいいものかと。」

がっしりした白衣の後姿を見送りながら、シキはその背景にある荒涼とした風景を見つめた。半径二十キロ平方メートルに及ぶそれは、赤黒く変色したくぼ地になっていて、草一つ残っていない。

ここに、村があったなど、想像もつかなかった。

「シキさん。行きましょう。」

白衣の医療チームの青年に引っ張られて、シキは車に乗り込む。

復興と医療のために、太陽帝国が送り込んだそれらの文明は、リュードの人々をおびえさせたが、シキが間に立って説明したために、何とか受け入れられていた。

シンカが最初にリュードに持ち込むべきと考えていた、ガス燃料を使用した車を持ち込んでいた。それなら、リュードの人々にも理解が早かったからだ。

車窓からの眺めを見ながら、シキは時折、あの時のシンカを思い出していた。

白い大陸から、この国の港に向かっていた船の中で、あいつは言っていた。

「星の長い歴史の中で人がどんなに悪さをしても、星は変わらない。滅びるものがあれば、生まれてくるものもある。星が命を育む。」

この荒れ果てた地にも、いずれまた、草木が芽生え、動物が生きる。それは、きっと俺たちが想像するよりずっと早いのだろう。この星には、すでに、ユンイラがある。キナリスはこの地に、再びユンイラの畑を作ろうとしている。それが、今回の汚染で傷ついた人々を救う助けになると。第三のデイラがここにできる。

シンカが、言っていた。星は、人々を助けるために、ユンイラを生み出した。

確かに、その存在は、人々を救うだろう。

だが、シンカ。お前が、自らの体にユンイラを持っていたからって、お前自身が星のために犠牲になる必要はない。今も、俺はそう思う。

生まれた理由も、生きていく目的も、考える必要なんかない。今、生きているのだから。そうではないのだろうか。生きていてくれることを喜ぶ仲間がいるのだ。それ以上の何の理由が必要なのか。

小さくため息をついた。

そばを離れることを決め、ここに赴任したものの、思い出の多いここでは、シンカのことを忘れることはできなかった。


聖都シオンに戻ると、キナリスが待っていた。

珍しく、一人で馬に乗って、町の中心の広場まで、シキを出迎えた。

「なんだ、珍しいな。」

「シキ、すぐに来てほしいのだ。ネットワークが、おかしい。」

「ああ。」

首をかしげながら、シキは、キナリスの後ろにまたがる。

車は、市街地では使わない約束になっていた。石畳を傷めてしまうからだ。

「お前も、少しやせたな。」

キナリスは笑った。

「民のことを思えば、私など。それよりな、シキ。あの機械、どうもおかしい。」

「俺もあんまり、得意じゃないんだがなぁ。」

シキもコンピューターは苦手だ。今ひとつ仕組みが分からない。

「とにかく、見てほしいのだ。」



慰霊の塔の地下には、ほかに誰もいなかった。青白い薄明かりに照らされた六角形の室内に、もやもやとした白いホログラムがゆれていた。

「なんだ、これは。」

「ずっと、このままなのだ。先ほどまでリュードの様子を見ていたのに、急にこうなってな。わからんのだ。」

キナリスが、首をかしげる。

シキは一旦、端末の電源を落として、再起動する。シキの認証を入力したときだった。

再び白いホログラムが、室内の壁前面に広がる。

「あ、だめだ。」

黒い髪をかきあげて、シキがため息をついたときだった。

突然、白い風景は小さな町に姿を変えた。

石造りの四角い家々。密集し、それらは全て、東の海に面して立っている。海は青く、港の桟橋には、さして大きくない漁船や商業船が、その姿を水面に映して揺れていた。風にはためく白い旗が、まぶしい。

波止場に腰掛けて、海を眺める男がいる。オレンジの勝った、金髪を長く伸ばし、整った顔立ちで、遠くを見つめている。その視線がこちらを向く。

「ルイ・・」

キナリスが、つぶやいた。

「これは、・・・何の記録なんだ?」

シキが眉をひそめる。

「港町、たぶん、アストロードだろう。ルイが、まだ若い。まるで、シンカの思い出のようではないか。」

「シンカの?」

ルイは、オレンジの髪を風に揺らしながら、立ち上がる。暖かい陽光が、この場の空気まで暖めるように感じられた。

酒場の風景になる。笑って酒を飲むルイ。

犬の仔に、そぐわない肉を与えようと苦戦している姿。

どれも、あの冷酷なルイではなく、やさしげに笑っている姿だった。

「これが、ルースとして生きていた頃の、姿なのだな。」

「シンカは、まだ、知らないんだよな。ルースが、死んだことを。」

シキの言葉に反応するように、ホログラムが消えた。

室内が薄暗く、静寂に満たされる。

「目覚めたときに、なんて、言ってやればいいんだろうな。」

シキが、端末の電源を落とそうとした。

キナリスが、その手を止める。

「なんだ?」

「もう一度、見たいのだ。ルイのいや、ルースの姿を。」

キナリスの薄い青い瞳が、少し潤んでいるのを、シキは見逃さなかった。穏やかに笑った。

「お前でも、そんな顔するんだな。」

「・・幼馴染だった。ルイが、最後に子供を助けたそうだ。ちょうど、出会った頃のシンカと同じくらいの、子供だったそうだ。」

シキは、黙って、もう一度、ホログラムが起動するように操作してみた。

しかし、何も、映らなかった。





惑星セトアイラスはその頃ちょうど、一年で、もっとも暖かい時期だった。それでも、地球よりかなり寒く、深夜の雨には雪が混じった。それが、セトアイラスの気候なのだ。

セトアイラス惑星政府代表、カストロワ・ロシノワは、いつもどおり、夕食後のワインを傾けていた。ここ最近は、帝国議会が紛糾し、疲れもたまっていた。

太陽帝国皇帝を暗殺しようとしたセダ星政府は、太陽帝国軍の管理下に落ち、その扱いをめぐって、さまざまな意見が出されていた。これに関しては、シンカの考えがあったわけでもないために、判断がつかない。どの大臣も、軍務官ですら、対処に困っていた。一応、シンカが目覚めるまで、セダ星は仮の統制機関をおかれ、その組織に、カストロワも協力していた。

フィグ・ブランシェをつまみながら、ふと、今は眠っている友人が、これを興味深げに食べた光景を、思い出していた。

もう、しばらく会っていなかった。

目覚めない青年のそばにいても仕方がなかった。

皇帝を欠くこの太陽帝国が、一応順調な様子で時を過ごしているのが、不思議だった。

政治上、シンカはかなり自分の意見を反映させていた。そのシンカが眠ったままで、滞りなく政が行われるなど、想像できなかった。

だが、実際は違ったのだ。

それは、シンカが常に、担当者や大臣たちと意見を共有してきたために、シンカ不在でもその意思を継続することができているというのだ。危ぶむ帝国議会に、政府代表代理はそう語った。

不思議だった。

継続できることが、ではなく、シンカが決めたことやシンカが望んだ方向を、誤りなく維持しようとする、政府関係者の態度に、カストロワは驚いた。

それほど、シンカの存在が、太陽帝国に染み込んでいるということなのか。まだ、帝位についてたった五年だった。カストロワ自身、このセトアイラスの代表になって、自らの指示なくとも、満足のいく動きを部下が見せるまでに十年はかかった。

それを、シンカはすでに、成したというのか。

シンカは、いつか言っていた。政治家として、大公の手法はとても尊敬に値します、と。すでに、超えられているのかもしれん。

そう考えて、嬉しいのか悔しいのか分からない感情に、再びグラスを口元に運んだときだった。

涼やかな通知音とともに、ネットワークにメッセージが届いたことが知らされた。

音声が、送信先を読み上げた。

「太陽帝国、皇帝、シンカさまより、メッセージが届きました。」

カストロワは、グラスが倒れるのもかまわず立ち上がり、端末に駆け寄った。

「メッセージ、再生します。」

いつもなら、メッセージを送られた日付と場所を読み上げるはずが、今日は何も言わない。

「大公、お元気ですか。」

映像は、シンカだった。一度見舞いに行ったときのような、やせた姿ではなかった。ふっくらとしていて、最後にセダのステーションで見送ってくれたときのような、美しい姿だった。

「ミンクの誕生日までに、お願いしていた、『幸福の蒼』、手に入るでしょうか?いつまでも、待たせてはいけないと思っていて、すみません。大公、お忙しいのに無理なお願いをして。でも、あの石はとても、きれいだから。」

照れたように微笑む青年の姿。それは、ルリナムという鉱石で、セダ星でのみ採掘される。希少なもので、政府に管理されている。いかに、大公といえども、それを入手することは困難だった。

「そうだったな、石をくれてやると、約束したんだった。」

届かずに、どこかに迷っていた、過去のメッセージが、今届いたのだろう。

その、元気な姿は、切なくさせる。

「お前に、私のルリナムをやろう。分かっているのか?これは、セダ星人一人に一つのみ与えられる。それを、渡すのは、一生を共にすると誓った相手にだけなのだ。」

カストロワは、指にはめていた蒼い石のリングを外した。

「そして、これを、お前の代わりにミンクに届けよう。」

きっと、眠ったままでも、シンカの想いはあの少女にのみ、向けられているだろうから。

そうすることで、シンカが喜んでくれる気がした。





レイス・カストロワの届け物が、ミンクの手元に届いたのは、ちょうど、ミンクの二十一歳の誕生日だった。

友人の誕生日を祝おうと、セイ・リンが、たずねてきていた。

シキも、マリアンヌもいた。

時間が許せば、レクトも来ることになっていた。

ごく、身近な仲間だけの、ひそやかなパーティーだった。

ミンクが、そう望んだ。

銀色の髪、色素のない赤い瞳のミンクは、シンカが目覚めない一月の間に、すっかり元気をなくしていた。

「久しぶりね。」

そっと、抱き合うセイ・リンも、その姿を見るなり、瞳を潤ませた。少しやせたミンクは、もともと小柄だったのがさらに小さく見える。赤い大きな瞳はくるくるとよく笑い、ああ、この表情がシンカを夢中にさせるのねと、同姓ながらうらやましく感じることが多々あった。

シキは、マリアンヌを抱いたまま、ミンクの肩を軽く叩いた。

「ありがとう、来てくれて。」

小柄なミンクは、二人を見上げながら、首をかしげ、そっと微笑んだ。

ブールプールの中央政府ビル。その最上階の居室で、小さなパーティーは行われることになった。それは、そこに、シンカもいるからだった。

「シンカ、お前、一言ぐらいミンクに言ってやれ。」

シキが、マリアンヌを床におろすと、横たわるシンカの額に手を置いた。

まるで、今にも目を覚ましそうでいて、すでに一月待たせている。

「やせたわね。」

ぽつりと、セイが、もらす。

「ああ。」

切なくなって、シキは視線をそらした。床にひざを着く父親に、マリアンヌが抱きつく。

「パパ、お兄さん、笑った。」

「え?」

慌てて、視線を戻すシキに、セイ・リンが笑った。

「だめよ、マリアンヌ。お兄さんは眠っているの。」

その様子を、ミンクは両手にオードブルを持って見つめていた。

来訪者を告げるベルが鳴って、メイドが荷物を受け取ってきた。

「ミンク様、贈り物が、届きました。」

その表情はやさしい。

慌てて、オードブルの皿をテーブルに置くと、ミンクは受け取る。小さな包みには、白い小さなメッセージカードがついていた。

表には、直筆で、カストロワ大公の言葉があった。

「カストロワ大公からだわ。」

そういうと、シキもセイもそばに来て見つめた。

カードには、こうしたためられていた。

「ミンクどの。あなたのためにと、頼まれていたものです。彼は、今も、あなたを見守っています。」

そっと、カードを開いた。小さなホログラムが、話し出した。

それは、大公に届いた、あのメッセージだった。

「ミンクの誕生日までに、お願いしていた、『幸福の蒼』、手に入るでしょうか?いつまでも、待たせてはいけないと思っていて、すみません。大公、お忙しいのに無理なお願いをして。でも、あの石はとても、きれいだから。」

ミンクの瞳に、涙があふれる。

「ミンクの赤い瞳に映えると思うんです。指輪にして、婚約の証にしたいと思っています。・・照れますね。大公、ミンクに、伝えたいんです。僕は、もう、成長もしないし、彼女のほうがずっと大人になってしまうのだろうけど、それでもずっと、変わらない、愛してるって。きっと、心配かけたり、悩ませたりする。危険な目にあわせることもあるかもしれない。それでも、ミンクが必要なんだ。・・・届くと、いいのに。ねえ、レイス。」

メッセージの最後は、不思議な言葉で終わっていた。まるで、今の、シンカの言葉のような。

涙をぬぐったミンクは、セイを、シキを見上げた。

そこに、レクトが入ってきた。

「ミンク、おめでとう。・・なんだ?」

レクトも、シンカの小さなホログラムを見終わると、言った。

「大公に、確認してみたらどうだ?」

涙の収まらないミンクの肩に、セイが手を置いた。

赤毛の彼女の後ろで、シキも穏やかに見つめていた。

「でも、私、あれ以来、ネットワーク使ってなくて、・・なんだか、いやで。」

「ミンク、いいから、聞いてみろよ。」

皆の見守る中、ミンクはネットワーク端末に向かった。

久しぶりに自分の認証でアクセスする。

認証を確認したメッセージが表示されたとたん、画面が、真っ白になった。

「あれ?」

ふわりと、白いホログラムが起動する。

「俺のときと同じだ。」

レクトが、つぶやいた。

「レクトさんも、ですか?」

シキが、周りを見回しながら、確認する。

「ああ。シンカ、だと思う。」

「え?」

セイ・リンがレクトを見つめた。

「実は、セイ、俺もそう思った。ありえないけど、シンカからのメッセージのような気がした。」

白い風景は不意に、緑あふれる草原の映像になった。室内いっぱいに映し出される風景。石造りの小さな家々が並ぶ町。周囲には小高い山。暖かいところなのだろうか、黄色い小さい花がところどころに咲き乱れる。町の真ん中を流れる、大きな川は、たっぷりと水をたたえ、静かに流れていく。その石橋に、幼い少女がたたずむ。欄干から、川面を見つめている。泣いているようだ。銀色の髪を二つに縛り、少女は赤いワンピースを風に揺らしていた。

「私・・」

ミンクが小さく叫んだ。

「シンカなの?ねえ、この風景、デイラを知っているの、シンカだけだもの!」

ミンクは、青年の横たわるベッドに駆け寄る。青年は相変わらず、眠っている。その手をつかんで、ミンクは頬ずりした。こぼれる涙が、シンカの手をぬらす。

それを、見つめていたシキが、ふと、思いついた。

「ミンク、シンカの、その指輪、アクセスしてみたらどうなんだ?なあ、ネットワーク内に、シンカの意識があるんだ、そうだろ?ミンクがアクセスしたらそれに反応するように答えてくれた。シンカの意識が、リングと指輪でネットワークにつながっているとしたら。指輪をはめてから、シンカの脳波はまるで起きているみたいだとガンスが言っていただろう?もしかして、シンカのアクセスがあれば、意識が戻るかもしれない!」

皆が、互いに視線を交し合った。

シキが、端末をシンカの枕元に持ってくる。そっと、センサーにシンカの右手の中指にはまる新しい指輪を、かざしてみた。

小さな、認証確認メッセージの音とともに、真っ白な光が、室内に広がった。

まぶしくて、何も見えなくなる。暖かな、優しい気持ちが、流れ込むような光。

ぎゅっと閉じてしまった瞳を開くと、ミンクはシンカの顔を覗き込んだ。

その、閉じた瞳が、金色のまつげが小さく震えた。

「シンカ!」

頬を小さな手で包まれ、シンカは、目を覚ました。

数回、瞬くと、ミンクを見つめた。

口元が、ゆっくり、笑みになる。

「ミンク。」

何も言えずに抱きつくミンク。

涙を抑えられずに、しがみつくセイ・リンを腕に抱きながら、シキも瞳を潤ませた。

レクトは、腕を組んで、深いため息を一つ、吐き出した。

その顔が、ほころんでいるのを、だれもおかしいとは思わなかった。

「待ちくたびれたぞ、シンカ。」

「ごめん。ちょっと、寝坊したかな。」

シンカの蒼い瞳が、大切な人たちを映した。やさしく笑う。

シキが、言った。

「お前、一ヶ月、眠っていたんだ。知らせなきゃいけないことが、たくさんあるぞ。」

「ああ。シキ。ルースの、ことだよな。」

悲しげに、シンカは言った。

「知っていたのか?」

まぶしそうに見つめて、シンカはミンクを抱いたまま、右腕を突き出した。シキと、こぶしをあわせた。

やせてしまった青年は、にっこりと笑った。そのたたえる蒼い瞳には、今やすべてが、宇宙のすべてが映っているのかもしれない。

「そうだ、レクト。俺最近は、母さんよりあんたに似てるって言われてる。気づかなかったのか?」

「お前、聞こえていたのか?」

驚くレクトに、シンカは小さくウインクでかえした。


ブールプールは、明日の歓喜を知るはずもなく、静かな夜を迎えていた。

歴史は、そうして雪のように、静かに積もっていく。

絶え間なく。


あとがき。


長い物語でした…シリーズものの終着点は、こんな風にしてみました。

完結するたび、どきどきして。どんな感想を持ってもらえるんだろう、と小説を書くことの楽しみを覚えた処女作…。

今読めば、やはり若さが目立ちますが(笑)

楽しんでいただけたのなら、幸いです。


2004.10 (2009.1公開) 筆者拝

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