8.星に還る4
「おや、これはこれは、ルーラン卿。」
いくつかの作業を終えたときに、セダ宇宙ステーションからの通信が入った。
先ほどまでの、表情とはまったく違う、冷たく迫力のある顔で、レクトは、年配のリドラ人をにらんだ。
フォン・デ・ルーランは、相変わらず、伝統的なリドラ人の服装をし、額にはリドラの王族の印をこれ見よがしに見せている。髪も、古風に結っていて、そのすべてが、レクトには気に入らなかった。
「軍務官、ご機嫌はいかがかな。ミストレイアを解散するなど、われ等役員の議決を得もせずに、よく言ったものだな。」
皮肉な表情に、レクトはちらりとも動揺せず、かえって面白そうに不敵な笑みを浮かべた。
「軍務官として、その存在は、許せないのですよ、ルーラン卿。すでに、ミストレイアは、本来の目的を失っている。宇宙のどの政府にも属さず、媚びず、あくまでも仕事として依頼を受けたことを全うする。それが、本来の自由なミストレイアでした。今は、リドラ人自治政府に、操られ、踊らされ、仕事とは無関係な理想や民族意識に左右される。」
「無礼な!リドラ人自治政府が関与している証拠などないであろう!」
怒りをあらわにするルーランに、レクトは口元の人の悪い笑みを残したまま、低い声で言い放った。
「・・ふざけるな。リドラ人自治政府が関与していなくても、あんたがそこまで動けば、同じことだ!
実態もない影だけの政府、リドラ人の意思を反映することすらできないくせに、全宇宙を見据えて行動する皇帝陛下を暗殺しようなど、身の程をわきまえるべきではないか?お前ごときが、太陽帝国の歴史を変えようなど、思うだけでもずうずうしい!」
「よくぞ、言ったな、レクト・シンドラ。カストロワ大公に取り入るだけのなりあがりものが!」
「お褒めいただき、光栄ですな。高貴な血族だの、王族だの、笑わせますな。すでに星も国もないというのに、過去の栄光にしがみついて、伝統だの民族だのともっともらしい主張を続ける。それが、今のリドラ人のなんの役に立っているやら。
カナスのほうが、よっぽど、見るべきものを見てきている。王族だのという前に、人として何を選ぶべきかを分かっている。」
「!息子は関係ないだろう!」
フォン・デ・ルーランの怒号は、通信システムで自動的に消音モードに切り替えさせるほど大きかった。軍務官は笑みを崩さない。
「ルーラン卿。カナスは、あんたの仕組んだことのすべてを、帝国議会で証言してくれると約束した。」
「!」
「彼は、歴史学者を目指しているというじゃないか。彼自身、歴史を左右する立場であることに、十分責任を感じているわけだ。なにが、正しくて、何を、罰するべきかをね。先ほど、セダ宇宙ステーションの帝国軍基地に、リュードの研究所所長バンデクスともども保護した。親孝行な息子を持って、幸せと思え。カナスはな、あんたの罪が軽くなるだろうことを願っていたぞ。だから、我々も、あんたが、これ以上余計な罪を犯さないように、警告しているわけだ。いつもの私なら、あんたが行き着くところまで黙って追い詰めて、それから捕まえる。リュードを襲うならそうすればいい。その後に、リドラ人自治政府の横暴を、全宇宙に公表してやる。悲劇の民族が、一転して非難を浴びる。宇宙一、嫌われる人種になる。それを見るのも楽しみだったが、今、こうしてはっきり言ってやる。もう、やめるんだ。」
その時、フォン・デ・ルーランの居室に黒いスーツ姿の太陽帝国の軍警察が、入ってきた。数名の彼らは、武器を構え、気づいたルーランは脇からレーザー銃を抜く。構える前に、それは軍警察によって阻まれた。もみ合いながら、ルーランは、叫んだ。
「もう、遅いぞ、レクト!今頃、リュードは焼き払われている。そこに、あの生意気な、皇帝陛下がいないことだけが、残念だがな。」
「ばかが。俺はリュードがどうなろうと、なんとも思わん。」
拘束帯で自由を奪われ、神経質な笑い声を上げるルーランを嘲り笑い、通信をきると、レクトは、再びリュード上空の様子を見つめた。
蒼く美しい星の上に、黒いシミのような戦艦がひとつ浮かぶ。
戦艦の進行方向や、大きさなどを表示していたネットワーク監視システムが、赤く文字を点滅させ、戦艦から地表に攻撃がなされたことを知らせる。
熱量、影響範囲。予想死傷者数まで、瞬時に報告された。
レクトは、無表情のまま見つめた。
それでも、今、この巨大戦艦を、地表に打ち落とせば、今の攻撃の十倍以上の被害が出る。できるならば、宇宙空間で処分したかった。だが、これで、無条件でグライアスを攻撃できる。大義名分はそろった。
レクトは、一番手前にある小さなホログラムを見つめた。それは、座標のようなもので、中心に小さな白いポイントが示されている。座標は惑星リュード上のものではなかった。惑星リュードのはるか上空。それは、皇帝がすでに惑星リュードから脱出したことを示していた。
どうやら、シキたちがうまくやってくれたのだろう。
ニーヒスケルスに通信をつないだ。
「軍務官。」
艦長がきっちり敬礼をして、挨拶する。
「皇帝陛下の高速艇は到着したのか?」
「はい。先ほど、お着きになりました。ご報告が遅れまして、申し訳ございません。」
「陛下は、どうしているのだ。」
五十代の熟練した航海士である、艦長が、口ごもった。
「あの、暴れてはいけないということで、その、眠らされております。」
面白そうに笑った軍務官の表情を、驚いて見つめながら、艦長は恐縮する。
「シキと、ジンロの指示に従え。例え、陛下がなんと言おうと、これは陛下をお守りするため。協力してくれるな?」
「はい。・・私は、帝国軍人の一人です。軍務官の命には逆らえません。」
「よろしい。」
満足そうに笑うと、通信はきられた。
ニーヒスケルスの艦橋では、微妙な空気が流れていた。
シンカ帝の専用高速艦としてその名をはせ、皆そこに勤務することを誇りに思っている。シンカは、全百五十名の乗務員すべての名を覚えていて、親しく話をしたり、ともに食事をしたりする。いくら、軍務官の命令とはいえ、皇帝陛下の意思に逆らうなど、納得できるものではなかった。
冷たい視線を感じて、艦長は憤慨する。
「仕方ないだろう、陛下は、ご出身の惑星が戦火に見舞われ、混乱なさっている。」
艦長が、皆に言い訳がましく話した。
仕方ないのだ。
陛下の親友であるシキ殿に、散々説明された。陛下は、惑星リュードを救おうと命を顧みず行動なさる。だから、陛下をお守りするには、陛下の意思に反することも必要なのだと。
大きく、ため息をついて、艦長は背後の船室のあるほうを見つめた。
「艦長。惑星リュードに、被害が出た模様です。」
航海士の一人が、分析されたデータを読み上げた。
「有人大陸が被弾。半径二十キロメートルにわたって壊滅状態かと。」
ざわざわと、どよめく。
「対空防御システムのない未開惑星に攻撃を仕掛けるなど、卑怯な。」
「なんとか、ならないのかしら。」
艦長は、顔をしかめた。
「我らの任務は、陛下を安全に地球にお送りすることだ!リュード宇宙ステーションで親衛隊と合流したらすぐにでも、地球に発つ。いいか、惑星リュードのことは、報告する必要はない。」
乗務員の不満げな表情を無視して、艦長は、命じた。
「ステーションに通信を。到着時刻をフェンデル殿にお知らせするのだ。」